第43章


[62]


〈そうですか、良かった……〉
 俺の言葉を良い方へと解釈したのか、彼女はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。
 ちく、と再び心の片隅が疼いた。一度押しやったのに、ここまでしつこく湧いて来るのは初めてだった。
”お前の事は分かった。では、今お前の置かれている状況を伝える”それを振り切るように、
俺は冷然とした態度で淡々と口を開いた。
〈あら、名前をお伝えしたんですから、お前じゃあなくて名前で呼んでくださいまし。呼びにくければ、
愛称でもいいですよ。村の皆さんはよく――〉
 途中、折角教えたんだから、どうせなら『お前』じゃなく名前か因んだ愛称で呼んでくれ、と彼女は言った。
 自分の立場も分からず、何と呑気な事か。俺は鼻で溜息をついた。
”生憎だが、俺達は愛称で呼び合えるような和やかな関係ではないのだ、お前で不服であれば、『シスター』”
 常日頃、神に敬虔に祈っていようと、それも虚しくこんな悪鬼の巣窟の如き場所に捕らわれ、
救いの手を差し伸べようとしているのは肝心の神などではなく、悪魔と疎まれるこの俺だけ。
そんな境遇を存分に皮肉って、俺は彼女をそう呼んだ。
〈まあ、強情な方ですね。お前、よりは幾らか良いですけれど……〉
 彼女は不満そうにしていたが、お前呼ばわりよりはマシだと渋々了承していた。

 それから、俺は彼女に現状を伝えた。ここは軍の宿舎の一つであり、気を失っている間に、
俺の持ち主である兵士の気まぐれによって、他の者達とは別に連れて来られた事。
宿舎の中であればポケモンであっても比較的自由に歩きまわれるが、外には出動でもない限り出られない事。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.