第43章


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 息遣いの様子からして、どこか大きな怪我をしているわけでもなく、衰弱しきって昏睡状態というわけでもなく、
今はただ呑気に寝入っているだけのようだった。何だかいらぬ心配してしまったのが馬鹿らしくなって、
俺は揺さぶってでもすぐさま起こしてみることにした。
 起きろと声を掛けながら体を揺すると、ようやく彼女は”ううん”と呻きながら、上体を起こした。
 少しばかり緊張が走り、俺は身構えた。もしかしたら急に逃げ出そうと暴れ出す可能性もゼロではない。
それと、心の隅にほんの少しだけ、浮ついて落ち着かないような、奇妙で不思議な何ともいえない期待感のような、
そんなものもあったかもしれない。
 彼女は目を眠そうに片手でこすりながら俺を見やり、
〈あら、おはようございます〉
 のほほんとした調子で目覚めの挨拶をした。
 そのあまりの呑気さに俺は呆気に取られて毒気を抜かれ、思わず言葉を失った。彼女は黙っている俺の顔を
まだ寝ぼけた様子でぼんやりと見つめながら数回まばたきし、突然、何かに気づいて驚いたようにぱちっと目を見開いた。
再び身構える俺をよそに、彼女は嬉しそうに目を輝かせ、
〈まあ、まあ! 耳も、尻尾も、ほっぺも、まるでそっくり! でも、目付きはちょっと私よりツンツンしてるかも?〉
無邪気にはしゃぎながら、自分と俺の姿を比べ出した。
 俺はまたしても呆然とし、なされるがまま彼女に体を見回されていた。
 しばらくして興奮も収まったのか、彼女はハッとし、
〈ごめんなさい、とんだ失礼を。同族の方を見るのは初めてで、つい興奮しちゃって〉
 気恥ずかしそうに謝って手を組んでぺこりと頭を下げた。
 終始圧倒され、俺は”ああ”とこくりと頷くことしか出来なかった。

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