〜第3章〜 清奈


[41]時刻不明 無刻空間…


「データの取得は出来たのだな?」

「ええ。全ての情報はこのなかに……」

ブラックボックスの中にいるような、光が殆んど無い世界。辺りを照らすものは薄く揺れる蒼白の炎のみ。その火に写る男はその炎よりも青くみえる。そしてその男の前にいるグルーム。

「これで私達も本格的に動けるようになったわけだ。感謝するぞグルーム。千年先まで私の側につくがよい」

「まことにありがたきお言葉……」

その青白い男は、その存在がやはり儚く、消え入りそうな存在だった。この人に近い「モノ」は、全てのネブラを支配する制御装置に過ぎない。機械であるがゆえ、人間性の欠片も無いその姿、その心……。


「動けるようになったのね?」

グルームが去ってすぐに聞こえた一人の女の声。

「まぁ……今だ輪廻の外に限られてしまうがな」

「私としては、あの子。とても気に入っているのだけれど」

女が姿を表す。

吟遊詩人、だろうか。

口の周りに銀色のマフラーを巻いて、その赤い目だけがはっきりと見える。腕に包帯が巻き付けられ、縁の無い眼鏡をかける。そして手には、直径30センチ程の丸い竪琴を持っている。
「じきシヅキ様が直接命令を下す。我らはそれまで武器を磨くことぐらいしかできない」

「【ソディアック】は戦ってこそ力を発揮するのに……。全員でかかればあの子など塵に消えるのは、それこそ……」

「前回の失敗を忘れたか、フランドール」

「分かってる。誰もこんなことしないでしょうよ。そもそも時間って、私にとっては爆弾みたいなものよ。まだ爆死はしたくないわ。ここにはまだ未練があるもの」

そういってフランドールは琴でドミソの和音を響かせる。

そして、アルと呼ばれた男は、先程のブーメランを手にとる。

「これだけあれば十分だ。フランドール、ウィズを呼べ」

「私あの子は嫌いなんだけど」

「呼べ」

「はいはい……」

だるそうにフランドールは体を伸ばして、去る。
シのフラット、ファ、そして1オクターヴ下のシのフラット。
琴が3度、空気を震わせた後にフランドールは地面に吸い込まれるように消えた。

「まもなくだ……。シヅキ様が復活する日はそう遠くない。そろそろタイムトラベラーを……狩るとしようか」



フランドールは、異様な大きさの部屋にいた。
何かの工作室か、指令室か、或いは研究室か。
扉は頑丈に閉められ、人との関わりを拒絶しているかのよう。余りにも陰湿で、不愉快なオーラが吐きだされ、窓も無く密室といえる程の閉塞感。更には周囲に無数の、そして巨大なマシンやデバイスが置かれ、更にその部屋を圧迫している。

大きさは十分なのに、呼吸すら満足に出来ない。この部屋は永久に換気されることは無いらしい。

密閉扉の入口前に立つフランドール。

「ウィズ。例のタイムトラベラーのデータを手にしたわ」

壁に話しかけている気がする。扉の奥からの返事も全く聞こえない。

「ちょっと聞いてるの?」

すると、ゆっくりとほんの少しだけ、人がギリギリ1人通れる程の隙間が現れる。

そこにフランドールが入るとすぐに、扉は一瞬で閉まった。


「相変わらず薄暗い部屋ね。明かりはつけないわけ?」

返事は無い。
聞こえていない、というよりは無視している。

「はあ……聞こえてる?」

フランドールは気にした様子もない。無視されるのは慣れているらしい。
扉から入ってすぐ目の前に巨大なスクリーン。数字の羅列がそこに写されている。凡人には誰も理解できない数列。
そして一つポツンとある椅子。微妙に空中を浮いていて、灰色の金属製だ。
そして背もたれが無駄に大きい。更にその椅子の周囲に散らばるジャンクフードのゴミの山。

「アルが呼んでるわよ。早く来なさい。」

椅子がクルリと180度回転する。
座っていたのは、まだ幼い少年。
足をくんで1ミクロンも動く気配は無く、方程式を見ているような視線でこちらを見る。

「アルが待ってるわ。ついてきて」

悪気も無く無視する。

「ウィズ!」

ウィズは自分が座る椅子の真ん前の床を指さす。

ここに呼べ、と言いたいらしい。

「……あぁもう!」

フランドールは一度その部屋から立ち去る。

ウィズは全く、これっぽっちも、あたかも当然のような顔で座ったままだった。

そしてフランドールがいなくなった途端、再び回転して巨大なスクリーンに目を移す。そしてパソコンのキーボードの上に乗せている肉ばかりはさみこんだ巨大なハンバーガーにかじりつき、コーラを飲み干す。

そうして再び部屋の扉が固く閉ざされた。



「しょーしゅーです!しゅーしゅーです!」

キーキー金きり声で何者かの声がする。

「ツクヨミ! ツクヨミ! しょーしゅー! しょーしゅー!」

「分かっとるわ! ちょっと黙れへんのか?」

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