第43章


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〈びっくりしちゃいましたか?〉
 ああ、と半ば嘆くようなへとへとの返事をして、俺は首を振るった。
〈一人一人、一匹一匹はとってもいい子達なんですよ。でも一度、大勢集まっちゃうと、
その元気さは掛け算みたいに増しちゃって、もう大変〉
 ふふ、と彼女は笑って言った。
 いつもあの集団に対処出来ているのかと思うと、俺には何だか彼女が歴戦の勇士みたいに映った。
〈子ども達にも言った通り、あなたの事は夕飯時にでもゆっくり落ち着いて紹介するわ。
その時は、あなたももうちょっと笑顔で、愛想よくお願いしますね〉
 いきなりの難題に俺は思わず”なに?”と顔を顰めた。その逆の相手を挑発、威圧する方法なら部隊の
悪たれ共との生活で十二分に学ばされ染み付いていたが、愛想を振りまくなんてとても無い経験だ。
〈はい、その怖いお顔。今、私の前では別に構いませんけどみんなの前では絶対に止めてくださいね〉
 ぴしっ、と指差して彼女はびしりと指摘した。
”と言われてもだな……”
〈つべこべ言わない、皆に怖がられちゃったら嫌でしょ? いつもムスッとしていたら、素敵なお顔も台無しです。
何事もやってみなければわからない、と言うわけで今から練習、ほら、ニコーって〉
 後へと続けと言わんばかりに、彼女は微笑んで見せた。
 仕方なしに俺はぎくしゃくと自分なりに笑顔を作ったみた。それを見た彼女は一瞬顔を青ざめさせ、
見てはいけないものを見たかのように顔を逸らした。
〈あ、あの……その……これも、歩くのと一緒に少しずつ練習しましょうか。焦らず、少しずつ、ね?〉
”…………”
 あの時の俺が浮かべた笑顔のつもりだった別の何かが一体どんな惨状だったのか自分では確認の
しようがないが、彼女の優しい態度がその時は何だか逆に心に突き刺さった。

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