第41章


[110]


「うー……」
 ばしゃばしゃという水音と、合いの手を入れるようにその間に挟まる甚く機嫌の悪そうな低い唸り声。
近場で見つけた泉で、マニューラは半ば顔を突っ込むようにして入念に顔を洗っていた。
「お連れの方は大丈夫ですか……?」
 心配そうにオオタチがロズレイドにそっと声を掛ける。
「はい、どこにも怪我はありませんでしたので大丈夫ですよ」
 ロズレイドはにこやかに答えた。突然、空から降ってきてマニューラの顔に張り付いた”それ”――イトマルは、
どういうわけか降って来た時点で既に意識が無かったようで、どこも怪我することなく
――精神的には少し響いたようだが――ロズレイドの手によって簡単に引き剥がすことが出来た。
 熱心に顔を洗う後姿を見て、ロズレイドは思わずクスクス、と微笑ましそうに笑う。
剛胆不敵の塊のようなマニューラが、まさか本当に蜘蛛が苦手だったなんて。
何だか、初めて”らしい”ところを垣間見たような気がする。
「なに笑ってやがんだよ」
 笑い声を聞きつけたマニューラが、勢いよく顔を上げて殊更不機嫌そうに振り返る。
「いえ、何でも。はい、これどうぞ」
 そそくさと表情を取り繕って、ロズレイドは包帯の切れ端をハンカチ代わりに差し出す。
「ケッ」とマニューラは毒づき、包帯を奪うように受け取って顔を拭った。


[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.