第41章


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 オオタチの悲鳴が遠ざかって聞こえなくなり、煙が晴れる頃、イトマル達の目の前からは獲物達の姿は忽然と消えていた。
後一歩というところまで追い詰めかけていた獲物達をまんまと捕り逃してしまい、イトマル達は集って悲観と落胆にくれ、
それと同時に、何か今後来たる悪い予感に怯えるようにぎちぎちと騒ぎ立ち始めた。直後、イトマル達の集う背後の茂みが、
ガサガサと揺れ動く。びくり、として、イトマル達は一斉に茂みへと目を向けた。茂みの奥からぬっと姿を現したのは、
赤と黒の毒々しい色をした大蜘蛛、アリアドスの番いだ。二匹とも過去に火傷でも負ったのか、それぞれ胴と背中に焼け爛れて
出来たような古傷が残っていた。
 狩りの成果を求めるアリアドスに、恐る恐ると言った様子でイトマルの一匹が失敗を報告する。背中の爛れたアリアドスは前脚を
振り上げて怒り、瞳を煌々と輝かせた。あわれイトマルは見えない力に宙高く放られ、森の彼方へと消えていった。容赦ない仕打ちに、
他のイトマル達は震え上がる。
 胴の爛れたアリアドスがやりすぎだと窘める様にギィギィと背中の爛れたアリアドスに顎を鳴らしさざめく。
この時期はひどく腹が減る、落ち着いてなどいられるか、と言わんばかりに、背中の爛れたアリアドスは耳障りな金切り声を上げて反論した。
まだ逃げ切られたわけじゃあない、そう優しく宥め囁くようにさざめきながら胴の爛れたアリアドスはそっと前脚で地面を示した。
地面には、よく目を凝らさなければ分からないような、糸が一本。延々とどこかへ伸び続いていた。背中の爛れたアリアドスは
地面に続く糸に触れ、微細な振動を感じ取る。まだ糸は獲物へと繋がっている――アリアドスは顔を見合わせ、
ほくそ笑む様に紫の目をぎらつかせた。

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