〜第4章〜 黒の男


[50]2012年6月19日 午後7時26分


「勝った……」

光が失せると、目の前にあの怪物はいなかった。倒したのか、逃がしたのかは分からない。だが僕は少なくとも、狩りの立場を逆転して見せたのだ。
僕の目にはまだ時間が見えている。
だが、この世界は時間の流れが微妙に違う。
いや、時間の流れは全くずれてはいないが、あくまでオリジナルに似せたダミーだということは理解できる。
飲食店の入り口にある料理のサンプルは、どんなに精巧に似せられていても間違えて食べてしまう人間はいない。
それと同じだ。

この世界は、本来あるべき世界じゃない。作られた世界。だから時間が複製され、それぞれに僕と清奈とハレンが飛ばされたということ。

何をするか。
決まっている。
サンプルは壊してしまえば似せようがない。
僕はライボルトを天に向け、トリガーを引いた。

――――――――――――
「時間の多重構造……全くアクセスできないなんて……このままじゃ先輩も相沢くんも……」

ハレンは時の間でパソコンを開き、ウィズの作った時間の複製を解除しようと奮闘するも、それはもはや現世の理であるかのように完璧すぎた。

《ハレン。見て》
「え?」

ステラが言うと、悠がいる時間にある気配が
「これは……!」
《高エネルギー反応。強さは前代未聞》
「ネブラじゃない……じゃあ、相沢くんが?」
《……そうみたい》

ハレンがニコリと笑う。

「さすがは相沢くんですね」

――――――――――――

「……ツクヨミ」
「なんや?」
「高エネルギー体が発生……アイサワユウの力が急激に強くなっています。どうぞ」
「それがどないしてんな? 悠はんはラファスタが捻り潰したやろ?」
「ラファスタは負けました。どうぞ」

直後、ツクヨミの顔が驚愕に変化する。

「そんなあほな。悠はんはすんごい弱い。やのに……?」
「……まさかの計算ミスです」

すると
急に世界がひび割れた。
ピシピシと音を立て、空に亀裂が入る。

「なんや……?」
「プログラムが破壊されています。来ます、ツクヨミ、どうぞ」

ツクヨミは短刀を抜いた。しかもそれは、恐れから来た自己防衛の為だ。
迫ってくる余りの強さの魔力。

「ありえへん……このぶんやと、清奈はんを超えとる……!」

絶対的な力の接近。
ツクヨミは自らの危険を悟った。

「い……いやや……」

ツクヨミが先刻まで余裕ぶっていたのは、清奈との戦闘シミュレートを何度も重ねて来て自信があったからであって、他の戦いは想定していなかった。
今の悠は、清奈を超えている。
そんな悠と、戦わねばならなくなったツクヨミ。

「怖い……うち、死ぬんちゃうか……?」

手も震え、足も震え、歯もカチカチと音が成る。

「落ち着いてください、データを取得してすぐ退散しましょう。私が合図したら退散してください。どうぞ」
「早く頼むで」
「了解。ツクヨミも余り恐れすぎないでください。イクジスの為ならば、ツクヨミはどのような試練が待ち受けていても乗り越えると信じています、どうぞ」
「……そうや」

彼女はなぜ刀を取るのか。命の恩人であるイクジスに恩返しをするためだ。

「うちは……イクジスのためなんやったら……相手がどんなに強大でも戦い抜いて見せたる」

例え勝率が無くとも、一歩も引き下がらない。彼女もまた、1つの信念をもっているのだから……。


――――――――――――

ライボルトを下ろした。
卵の殻が割れるように、縦にギザギザにヒビ割れたかと思うと、

完全に世界が粉々になった。



それは、偽の世界から突破したことを意味していた。
僕のいる世界、ダミーの世界を全否定し、秩序と理を失った。僕たちを隔てていた壁が取り払われた。

これで清奈かハレン、どちらかに会えるはず。そして恐らくこの世界にもネブラがいる。どこにいるのかは、一瞬で解った。

僕の体が敵を察する。
髪一本通さない微々たる隙間も逃さない。すぐさまそこに向かい突撃する。


「来よった!」

少女の声が耳に入る。
その方向へと体が舞うように空を踊る。
地上にいたのは、一人の少女。
その姿を見て僕は直ちに思い出した。
ここ最近、鏡の中に現れたあの少女と変わりない。
空から銃弾を放つ。
それを後ろに飛んで僕から距離を離した。
僕は側にある道路標識の上に着地し、それを蹴って追い掛ける。

相手は振り向いて、自らの髪の毛を伸ばして僕の体を刺そうとした。
目前に迫る3本の槍。
それを確認したと同時に全て軌道を読み取った。

「なんで……当たらへんねんな……!」

全身が思いのまま、自由自在。体を回転させ、更に捻って、

トリガーを3回引く。
全て白槍に的確に命中し、そのまま僕は

「きゃぁっ!」

少女に突っ込み蹴りを浴びせた。


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