〜第4章〜 黒の男


[42]6月19日 午後5時00分


《セイナ》

「何よ」

すこぶる機嫌が悪そうに、僕を竹刀で突きながらフェルミに返事を返す。
いだ、いだ、いだだた!!

《今朝の歪みが大きくなった。危険レベルに先程入ったようだ。仕事だぞ》

その台詞の後、ようやく竹刀を止める清奈。

「そう、丁度良かったわ。いい準備運動が出来たし。悠、行くわよ!」

「分かった。分かってはいるんだけどさ。すっごく痛いわけ、分かる」

「知らないわよ。そもそもこの戦いをするって言ったのはお前でしょ! さっきので疲れたからってネブラと戦うのを休むなんて言い訳は無しよ」

「はい……」

「相沢くん、肩を貸してあげますから、立ってくださいね」

ハレンが僕の側に来てくれた。
僕はハレンの肩に手を置かせて貰って、立ち上がる。

「よい……しょっ、と。ありがとうハレン、もう大丈夫だよ」

「そうですか、良かった〜」

「悠も大丈夫そうね。じゃ、向かうわよ。フェルミ、場所は?」

《どうやら……五月原駅周辺のようです》

「すぐ近くですね」

パルスの声に、ハレンが答えた。

《規模を見ると、弱小クラスの物とは思えない。十分注意するのだ。よいな?》
「ええ、分かった」
僕達は学校からすぐに出た。歩いて10分程の距離にある五月原駅へ向かう。

林を抜けて、コンクリートで舗装された直線道路を突っ切った。

相変わらず雨は降り続けている。

不可視空間は学校の中だけ、だから校門を抜けたら雨に打たれるが、そう悠長なことも言ってられない。

あと数歩で校門を通り抜ける。
といったところで


急に一番前を走っていた清奈が、止まった。

僕とハレンもつられて止まる。

「え、おい、どうした清奈?」

僕が問う。

「先輩、どうしたんですか?」

同時にハレンも言った。

「悠」

清奈が振り向く。
もうその顔は、彼女の本来の姿。

そんな、透明で精悍な顔で。






「お前の戦いを、私の前に示しなさい」







戦いを、示す……?

「せ、先輩……!」

次に気づいたのは、なぜか隣で驚いた顔をするハレン。

なんだ? なんだよ?

「それってどういうこ……」

聞こうとしたが、清奈は再び背を向け走りだした。

「おい!」

僕も追い掛ける。
ハレンも一緒だ。

「相沢くん」

走りながらハレンは言った。

「頑張りましょう」

その一言を。




駅へと走って向かっている間、僕はこの言葉の意味を考えていた。僅かながら、他の事を考えられる余裕ができたらしい。

戦いを示せ。
僕の戦いを示せ。

それは、つまり。

清奈は、僕の事を試している。
このネブラの戦いを通して清奈は僕に特訓の成果を求めている。そして清奈が求めている以上の結果を僕は打ち出さなくてはならない。



やってみせる。



その意味でいえば

この戦いは、ネブラとの戦いであり

そして

清奈に打ち勝ち

そしてなにより

僕自身に勝たなきゃならない戦い。


清奈の後ろ姿を見る。
雨の中、彼女の髪はしっとりと濡れて、繊細だ。
僕と清奈とハレンと
3人で1つ。
そう、僕たちは、仲間。
仲間と一緒が
一番強い――











雨が止んだ。
それはつまり、不可視空間の中に入ったということ。ネブラが展開したのだろう。
もう駅までは数10メートル。走るスピードを早める。

感じる……。
ネブラの気配がすぐ側に。頭痛に似た感覚が僕の体に走る。
次の瞬間、僕たちが見たもの、は……。

「う、わ……!」

と声を出す。


異変は駅は勿論、その周りにあるバスターミナルや、隣接するショッピングモール全体に及んでいた。

目の前にある電話ボックスはぺちゃんこに潰れ、
ガラスというガラス全てが割れて破片が一面に散乱する。人の気配も全くなく、あるもの全てを片っ端から破壊し、潰されている。
それは電話ボックスだったり
有名なファーストフードのチェーン店のマスコットだったり
タクシー乗り場に整列した10台は軽く越えるタクシーだったり
大型バスだったり
更には左方向奥の建物は原型を止めることすら出来なかったり。

「ひどい荒らしようね、敵の情報は分かる?」

「どうやら相手は重力を自在に変化できるらしい。ここまでの破壊行為をするのは物理的に不可能だからな」

「そのようね、じゃあハレン、すぐにサーチングを始めて」

「分かりました」

ポケットから取り出したサイコロの形をした物体。ボタンを押すとただちにそれは展開され、一つの立派なパソコンになる。

それに打ち込む……。













「サーチングを開始したようです。どうぞ」

「よし、ええ具合いやな」

「ハッキング開始」

《NOW CONNECTING……》



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