〜第4章〜 黒の男


[35]2007年6月18日 午後11時30分


ここで疑問。
パルスがなぜ僕に……
いや、なぜこのことを話さない……?

まさか、【裏切り】……?
イクジス、みたいに?

いや、それじゃもう一つ疑問が残る。

あの過去を見る限り、清奈はあの時パルスを見ている。そしてパルスが清奈の父親を消した。

じゃあ、清奈はパルスのことを激しく憎むはず……。なんで、矛盾するんだ……?

《その疑問、我が答えよう》

その声は……!


現れたのは、歳を重ねた荘厳な印象を受ける男。両手が赤い電流を帯びている。そしてその声は、フェルミだった。


《こうして我の姿を見るのは初めてだな》

「フェルミ、だよな?」

《左様、貴様が見た夢は、イギリスの片田舎で起きた惨劇の一部始終だ。もう、我が言わずともあれが何を意味していたか、理解できるな?》

「もちろんだ」

周りは真っ暗で何もない。そして静寂に包まれている。

《あのあとセイナは、イクジスに瀕死にさせられた》

僕は唾を飲み込む。

《セイナは辛うじてその場から逃げたが、もう彼女は笑わなくなり、泣かなくなった。愛情を自ら拒み、孤独に生きることを強く望み始めた。人間らしさを失い、彼女は事実上【死んだ】》
あの後の光景が、フェルミから見せられなくとも浮かんでくる。

僕は知らないはずなのに。今日の夕飯のメニューを思い出すよりも鮮烈だ。



雨が降っていた。

土がぬかるんでいる。
心も体もボロボロな清奈が、雨に打たれ歩いている。
数歩進んでは立ち止まり、数歩進んでは座り込み
数歩進んでは、体制を崩し倒れる。

服が汚れ、とめどなく涙を流している。
哀れ
惨め
そして、裏切り
憎悪
怨念
そして、黒

あの少女らしい、朗らかな笑顔は何処にいってしまったのだろうか?

感情も無かった。
ただ顔から雨にも涙にも似つかないものが流れ落ちるだけ。

雷までなりはじめた。
肩で息をするぐらい、乱れている。
ゆっくりと清奈は洞穴の中へと入っていく。


先程まで草木や野花に溢れていたはずで、暖かく生に満ちていたはずなのに、なぜこんなに冷え込むのだろうか。

吐く息は白くならない。しかし、その中途半端な温度は不快感と倦怠感しか産み出さない。ぬるま湯に長時間浸っているようだ。

血の雫を僅かに垂らしながら、洞穴の中に入っていく。







《この陰鬱とした場所で、我はセイナと出会った》

「清奈の父さんが言っていた『洞穴の奥に残した』ものは、フェルミだったということか」

《その通りだ。私はセイナが産まれた時から、亡きセイナの父『アゼス』から命を受け、その時が来るまで待ち続けていたのだ。アゼスの後を継ぐ、その時までな……》

「タイムトラベラーは、世襲制だからか」

《ほう、理解していたか。故に貴様はかなり稀なケースなわけだ。貴様は親から何も伝えられていないのだからな》

「うん。ちょっと前まで知らなかったからな。タイムトラベラーなんて、僕は」

フェルミは軽く咳払いし、本題に入った。

《さて、パルスのことだが……此は当事者であるセイナには秘密にしておいてほしい。無論パルスにもだ》

「秘密にしなきゃならないことなのか?」

《そうだ。今から言うことを下手に打ち明けると時間が歪むことが危惧される》

「……分かった」

僕は、仲間である以上隠し事はしないほうがいいと思うんだけど、フェルミの様子を見るとそうも言ってられないらしい。フェルミの顔がいっそう険しくなったからだ。

《まず、パルスがイクジスのタイムトーキーだった、ということだが》

「うん」

《パルスがこの事を言わなかったのは至極簡単に説明がつく。単に、あの時の記憶が無いからだ》

「どうして記憶を失ったんだ?」

《それを言うのは、あの後イクジスがどうしたかを先に説明せねばならん。あの後イクジスは、数々の禁忌を侵した。奴は時間を自在に操り、数々のタイムトラベラーを滅ぼした。奴は、自ら選んだ親衛隊『ソディアック』を形成し、旅人殺しを産みだし、タイムトラベラーを次々と【狩って】いった》

「じゃあ……ネブラの親玉って……!」

《イクジスである可能性が非常に高い》

清奈は言っていた。
根元を見つけたと。

「そのこと、清奈は知っているのか?」


《否。セイナが掴んだ情報は『シヅキ』と呼ばれる男だ。同一人物である保証は無い》

「シヅキ……?」

《だが、有山での戦いでのネブラが言うには、シヅキは封印されており、旅人殺しを錬成したらしい。そして、イクジスもまた封印された。10年前に、名も無き伝説のタイムトラベラーによってな。イクジスとシヅキで一致する点がある》

「……」

だとすると、一年後世界が滅ぶという未来は、シヅキ、或いはイクジスによるもので確信してよさそうだ。

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