〜第3章〜 清奈
[34]2006年8月1日 夜7時40分
誰かの声。
すぐに分かった。
悠はすぐに銃を構える。
緋色(ひいろ)の空の下、
私の後方、悠の前方にある高くそびえたった電柱の上に、いる。
ネブラが
「……あの小僧……!!」
背中に目が無くても、奴が血走っているほど怒っているのが分かる。
「ピンチのお姫様を助けるってか!? ヒーローぶってんじゃねえよ!!」
「あれが……!」
「ええ、そうね。あれが今回の元凶よ」
悠がそう言うので、私が答えた。私は振り向きもしない。
《ふん。助かった途端、サーベルが出迎えか。よっぽど奴に因縁づけられているらしいな》
フェルミが言う。
「データはとったんでしょ? お前の出る幕はないはずだけど」
そのセリフを言った瞬間
背後に異様な殺気を感じ、左足を蹴って、右に数メートル横とびした。
私のいた空間が、
サーベルが遥か上にいて動いていないのに、裂けた。
辺りの紅に負けないぐらい濃い紫のひっかき傷が、不意に空中に現れた。
ひっかいたのだろう。
サーベルの武器が先程と違う。
さっきは血で赤錆がついた灰色の爪
対して今は、黒だ。
これが何を意味するか。
先程の灰色の爪は、データをとる程度の戦闘しか行わないため。
そして黒い爪は、あいつが本気で戦うための武器。
グルームもいない。ここにいるのはジャガーが一匹。すなわち、
私を殺しにかかっている。
《かなりの強敵です。セイナの力はまだ回復しきっていません。あのネブラを相手するのは危険と思います》
「パルス」
悠が口を開く。
「大切なのは、危険かどうか、じゃなくて」
銃口をサーベルに向ける。
「自分が思ったことを、ただ実行することじゃないか?」
悠が、戦う。
出来ないに決まっている。成し遂げるには余りに無謀な命。
でも、なぜか、一瞬だけ
私は『悠は誰よりも強い』と思った。
相沢悠は戦うことに間しては余りにも無知。
悠自身もよく分かっている。
でも、それをはねのける程の、勇気。
その原動力は
私を、信じて、いるから。
仮説を立てよう。
もし悠を仲間として見ることができたら
どれほど私は嬉しく思うだろう。
「さあて……死にたいほうから俺様の前に来やがれ。ヒ……ヒヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
悠……行ってはいけない。この際私の中のあらゆる矛盾は一旦無視しよう。
全てを
なぜなら、悠は言った。
『自分が思ったことをただ実行すること』
それが大事だって。
そして私は、悠を守るって自分で思ったのだから。
まるで自分がもう一人いるみたい、と思いながらフェルミを持ち上げる私。
悠の前に立った。
このネブラには
悠に指一本触れさせない。
――――――――――――
僕の前に、清奈が立った。守ってくれるのか?
僕は言う。
「清奈。僕のこと……守ってくれるのか?」
「……ええ」
少し遅く返答を返す清奈。
「それってもしかして、僕を……」
仲間と認めてくれたのか、と聞こうと思ったが、止める。
なんとなく分かるからだ。
清奈の頭の中では、僕の想像が及ばないほど、うごめいていることが。
清奈が剣を構える。
フェルミに雷が宿る。
体力が衰弱しているといえど
その力は、嵐の中にあってもまっすぐ伸びる一輪の花のようだ。
さざめく、樹木の声。
焦げた空。
僕の目の前にいる2つの影。
互いに向き合う。
距離は10メートル程。
その間に障害は何もない。ネブラの向かい側に、先程朽ちた観覧車の瓦礫が山になって積もっている。
「つくづく運だけはいいんだな、てめえはよ」
ネブラが口を開く。
「運は実力の内には入らねえ。てめえが助かったのは不幸な偶然よ。あのまま死ねば今みたいに……ヒ……ヒャヒャヒャヒャ……」
ネブラに笑いが溢れる。
下品な笑いが、僕と清奈の元に聞こえる。
「俺様とこれ以上戦うことは無かったのに……なぁ? 少なくとも、バラバラになるよりはマシだと思うだろう?」
清奈は、
フェルミを握り、自分の胸の元まで持ち上げる。
清奈は、いくらサーベルが罵っても、怒ることも怯むこともない。
「私をバラバラに……ね。面白い、やってみせてよ」
相変わらず強気な発言を吐く清奈だが、本当に大丈夫なのか?
まず、今の状況。
今の清奈は、先程の短剣のせいで、激しく体力が落ちている。また、フェルミの魔力も同様に下がっている。
今のフェルミも、魔力の不足分をパルスから補ってもらい、光の魔力を雷の魔力に変換して使っている。
つまり、不利だ。
清奈もフェルミも、100%の実力を出せていない。
僕が察するに、相手のネブラは清奈が万全の状態なら倒すことは十分できるレベルだ。
くだらないハンデを掴まされてしまったようなものだ……。
だから僕がいるんだ。
どうやって、
あのネブラに立ち向かえばいいのだろうか?
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