本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[34]chapter:9-3


「末裔…?」
 
いきなりの話の転換にヴァンは頭がポカンとした。
この昔話に出てきた二人の大賢者の……末裔?
すかさずヴァンは聞いた。
 
「あ..あの、このお話は作り話ではないのですか?」
「さぁな。実はこの『紅き夜の七日間』の出来事が本当か否かは分からない。別にこのことが彼らのトップに君臨する理由ではないからな」
「トップ?」
「そう」
 
ラルが二人の会話をわってきた。
ラルは続ける。
 
「大昔の二人の大賢者の血を引く者達が『ユススティティア』の頂点にたっている…覚えておくといい。
東の大賢者の血を引き、東塔の統括をする『シェオール=ノグ=プロット』大将。
そして西の大賢者の血を引き、西塔の統括をする『ガラン=オーディン』大将。
ユススティティアの頂点に君臨する偉大な二人だ」
「は、はい」
 
その瞬間、ヴァンは嫌な悪寒が走った。
エドワードの方を見ると、何かの畏怖の念を抱いたような顔をしている、ような気がする。
すると、いつの間にかエドワードは先程の普通の感じに戻っていた。
 
気のせいだったのだろうか?
この感じ…前にもあった気がするのだが…。
 
 
「すまないな、その模様については何も力になれなくて」
「いえ、そんな。こちらこそご迷惑を。それでは」
 
ラルは立ち上がった。つられてヴァンも立ち上がる。
 
「なんだ?」と、エドワード。
「これ以上ご厄介になるわけにはいきません。宿は自分達で探してきます」
「別に構わんと言っただろう」
「いえ、これ以」
「泊まってきなよー、どうせ家広いんだからー」
 
突然、マリーが声をあげた。
 
「それに私、今夜のシチュー四人分作っちゃったし」
「いえ、しかし...」
「マリーもそう言ってるんだ。二人とも泊まっていきなさい」
 
ラルは困った顔をしながらも、エドワードに一礼をした。
ラルにつられヴァンも一礼をした。
 
 
 
 
 
 
 
 
時刻は16時をまわろうとしていた。
 
ラルと地獄の特訓をして、街を走りまわって、人質にとられて...、まったく凄い一日だ。
ヴァンは家の中を見渡した。
相変わらず部屋の中は薄暗く、日差しもないのでなんだか時間感覚を狂わせる。
日はもうおちているのだろうか。
 
奥のキッチンではマリーが鍋の火の様子を見ている。
車椅子なのに大したものだ。僕なんて五体満足で何も作れない。
 
ヴァンは二日前のラルの言葉が頭に過ぎった。
 
「やるか、やらないかだ」
 
確かにそうなのかもしれない。
ヴァンは改めて実感した。
 
ヴァンはふと思った。
 
この家は二人暮らしなのだろうか。
この家に入った時のエドワードとマリーの会話から察するに、エドワードが旅行をしている間、マリーは家に一人になってしまう。だから親戚の家に預けていた。
 
そんな感じだ。
やはり二人暮らしなのか。
母親は…いないのだろうか。
 
ヴァンは想像を張り巡らせたが、真実など掴めるはずもなかった。
 
ラルは隣で静かに水を飲んでいる。
ヴァンはこの疑問を聞いてみるか迷った。
目の前にはエドワードがいる。もしかしたら重い話なのかもしれない。
そう考えると今聞くべきではないのは明らかだ。
 
ヴァンは心の中に閉まっておくことにした。
 
相手の顔色ばかりをうかがって生きてきたヴァンは、このような空気を読んだりすることに長けていた。
 
相手の心に深入りするのは良くない。
 
だが、そう思う気持ちの反面、自分の気持ちにも壁を隔ててしまっていた。
 
でもそのことにヴァンは気づけていない。
 
自分の心に一枚の壁を作ってしまう者は、いつのまにかその繕った壁が偽物なのか本心なのか分からなくなってしまうものだ。
 
そして、ヴァンはその一人であった。
 
「お飲み物のおかわりどうですか?」
 
いつのまにか目の前にマリーがきていて、ヴァンは驚いてしまった。
 
「あ、だ..大丈夫です...」
「私も大丈夫だ」
 
ヴァンとラルは続けざまに返事をした。
 
「遠慮しなくていいですからね。喉がかわいたら、すぐに呼んでください」
 
マリーはおどけない感じながらも、満面の笑顔を見せた。
 
しっかりしている子だ。
こんな子が、車椅子なんて。
 
ヴァンは少し不憫に思ってしまった。
 
「そうだ、マリー。あれ、買ってきてあげたぞ」
「?」
 
エドワードは立ち上がると、隣の部屋に行き、大きな箱を持ってきた。
 
「え?これ…もしかして?」
 
マリーは目を輝かせている。
するとエドワードは箱を開けて、中身を取り出した。
 
「あ...!」
「キャァァァァァ!!」
ヴァンが声をあげると同時にマリーは歓喜の声をあげた。
 
中身から出てきたのは、ヴァンがこの街で最初に訪れた雑貨屋で売っていた「蓄音機」だった。
 
「お前、前から気になってたろ、これ?」
「はい!!メチャクチャ!!」
「え?」
 
ヴァンははっとした。
あの時の興奮が蘇り、つい声をあげてしまったのだ。
 
「あ...な..なんでもないです...」
 
ヴァンは顔を下に向けた。
 
「ありがとうパパ!!ホントに大好き!!」
「う...うむ」
 
エドワードは口元が緩んでいる。堅物なイメージがあったが、やはり一人の父親なのだろう。
 
「ママにも見せてあげてくる!」
「ああ、そうしなさい」
 
――...ママ...?
 
母親がいるのか?どこに?
ヴァンはマリーの進む先に目を向けたが、そこに母親らしき姿はなく、代わりに写真立てと小瓶に入った花、そして小さな黒いケースが置いてあるだけであった。
 
ヴァンはすぐに分かった。
 
――やっぱりいないんだ。
 
「ママ、ほら、これ見て!パパが買ってくれたの!」
 
写真立ての中にはマリーと同じ、くるみ色の髪をした女性が笑顔で写っている。
 
あの年で車椅子で、母親もいないなんて。
それでも笑顔でいられる。
 
ヴァンは何か不思議な気持ちに駆り立てられた。
 
「ヴァンくん」
「は、はい」
 
エドワードが突然ヴァンに話しかけてきた。
 
「少し、話がしたいんだが...いいかな?」
「は..はい」
「ラル、少しヴァンくんと二人きりで話してもいいかな?」
「...はい」
「大丈夫だ...余計なことは言わない。『あのこと』についてはもう話したのか?」
「いえ..まだ...」
 
――あのこと...?
 
『あのこと』とはなんのことだろうか。
エドワードは立ち上がるのを見て、ヴァンはそれに続いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
この時、ある場所で殺人事件が起きているなんて、誰が予想できただろうか。

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