〜第3章〜 清奈


[33]2006年8月1日 夜7時32分


え?

過去を……水に流して……忘れろ。

「ど……どういうことだよ」

清奈が最も嫌がる過去の詮索。だが……今が絶好のタイミングなのではなかろうか?

「だから、お前に話すことなんか何も無い、と言ったわよね?」
《話さないのか?》
「話して何の利益があるのよ? あれは私の中で永遠にしまいこむって決めたの」

話の流れから察すると、
清奈は「仲間」のことで大きなトラウマがあるらしい。
だから僕を、仲間と認めない。
一体……なんだ。
清奈がここまで人間不信になるような出来事って、なんなんだ……?

「清奈」

無駄だろう。
でもそれでもいい。
やってみよう。

「……清奈は昔、仲間に裏切られたんだな」

清奈は黙って僕を見る。

「きっと、昔の仲間は清奈にとって僕以上の存在だったと思う」

それを僕は見つめ返す。

「でも僕は清奈を裏切る真似は誓ってしない。だから僕を信じてもいい。僕も清奈の全てを信じるから……」

清奈の
「過去」という檻から
解放する為に、
僕は何でも……する。




「口だけなら何とでも言えるわよね」

清奈は
僕を
まるで
ネブラを見ているかのように
ただ
冷酷に
見た。
清奈が再び僕に背を向け、扉に向かう。

乱暴にその扉を開ける。

「……」

僕はそれを黙って見ていた。


――――――――――――

嫌気がさす。
吐気がする。
通り越して反吐がでる。

私は扉を蹴って閉めた。

見るとあったのは
炎の壁。

ゆっくりと歩く。
私の姿が揺ら揺らと移る。炎の壁に到達する。

「フェルミ」

フェルミは無言で、剣先から光が飛び出し、壁に穴を空けた。

ゆっくり歩く私。



私の心はもはや元に戻らない、そう感じる。

そう
あの男は私を裏切った。
全てを裏切った。
そしてあの男は、私の全てだった。

この気持ち
誰が分かってくれる?
私の気持ちなんか誰にも分からない。
自分以外の人間は所詮他人事だろう。

仲間は……いらない。
信じることなんか……しない。
誰でも皆同じ。
【自分でない者は全て】同じ……。

ああ……その通りよ、グルーム。
私は仲間を拒絶する。
一匹狼の性格よ。
悪い?
だから私はこれから先、誰とも関わりは持たないし、仲間も友人も持たないで生きる。
ましてや恋人も……。

『仲間を助けるのに、理由なんていらないだろ?』

……。
あ?
『たまたま見つけたんだ。遠慮しないで受け取ってよ』

……。
なに?

なんで、こんなときに
あいつの事を思い出すわけ?
信じないと決めた他人の事を思い出す?
何故?
何故?

分からない。

信じちゃいけないって決めた。
でも、悠の言葉を聞いて、いつまでも私の脳裏を横切っている。
私という人間が
他人に裏切られた私という人間が、
初めて他人と接した。
もちろん信じない。他人だから。
たった1人を除いて。

たった1人だけ。
その1人は、最も身近にいて、最も私を狂わせる。

他人は信じないんだよね?それだと
グルームの言葉が私を揺り動かしたことの説明がつかない。
そして、
その1人が到来することを期待していた自分の存在すら説明できない。

矛盾してる。

もう
自分が何を感じ、何を思っているのかさえ、分からない。



私は外に出た。
何もかも釈然としないまま戦いが終わろうとしている。
上を見上げる。空は依然紅い。
私はその中に迷いこんだ。
「何だって、あいつが、何故……?」

ただ出来ることは、精々この妙な気分に戸惑うだけ……か。

私の背後で、銀色で黒色な匣(はこ)が崩れ落ちる。

自分の存在と…共に。
ただ……重なりあうように。


「せ……清奈」

悠も飛び出してきた。
今は……何も喋ることができない。

揺れ動いた気持ちのなか、二人はじっと見つめあう。気恥ずかしくなるものでもなく、嫌うものでもない。
そんな、空虚な時間。

私が言葉を失うように、
悠もまた、かける言葉が見つからないらしい。
ただ見つめあったその先に、何があるのかを、目で確かめるように。

「……清奈が、望むのなら」

悠がこの沈黙を破った。

「僕の事は無視してもいい。本当に僕を信じないのなら。でも、僕は清奈が、過去はどうあれ、全て受け入れるつもりだ」

悠が……続ける。
……やめて。

「だから……だから!」

悠が、そんなことを言ったら。
私は信じていいのか、いけないのか、どちらか理解できない。

悠は
あの男のようだ。
だから私は拒絶する。
同時に
大切な……人。
大切な?

自分の命を賭けてまで、守ろうとしたのだから、大切だ。
いや、寧ろ
悠が私の全てになりつつある。
不安
葛藤
全てを含めて
その男……悠は私の前に立つ。
再び長い沈黙が流れる。
喉に鉛を流し込まれるような、気まずい沈黙

それを

「……死にぞこないが」

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