〜第4章〜 黒の男


[32]2007年6月18日 午後11時00分


久しぶりに――

夢を見た。

清奈にイクジスの事を聞いたあの日から夢はしばらく見なくなった。

だが、今日になって
清奈と戦う前夜になって
僕は再び見た。
しかも、あの夜に何が起こったか、全てを見せてくれるらしい。


僕が目を開けると見えたのは、まさに清奈がリビングへと扉を開けようとしている場面だった。

ギギギ……

木のドアがゆっくりと開かれる。そのドアの向こうにある事実を

清奈は、僕は
受け入れられるだろうか……?

ついに、時間をかけて開けたドアが完全に開く。

下を向く。
床が目に飛び込む。
その床から、視線を前へと向けた――

目を疑った。
部屋は大地震の後のように荒らされていた。
割れてバラバラになった花瓶。
散らばった紅の花。

刹那、聞こえた生々しい斬撃音。
清奈は、その惨劇をただ立ち尽くして見ている。
清奈の顔に、生温かい液体が飛び散った。

左に……いる。

人の姿があった。
5人。

いや、それはもう……
生きてなどいなかった。

「みんな……」

小さな声を漏らす清奈。

一人は、両腕を失う。
もう一人は、上半身が縦に裂かれ中身が出かかっている。

「ゴホッ……ゲホッ!!」
気持ちが悪い……
もう一人に到っては、原型を辛うじて止めている、としか言えない。

思わず、歯が震える。

「エスビス……ラグナ……みんな……みんな……!!」

「せい……な」

声が聞こえた。

「お父さん!!」

清奈が走って駆け寄る。

「しっかりして! お父さん!!」

清奈の父親は、机の足にもたれかかっていた。
すでに腹を突かれ、血を流している。もう、この父親も長くない。

「そんな……お父さん……何があったの!? どうしてお父さん……!」

「せいな……早く逃げて……」

「……お母さん?」

若い女性の声。
少し離れた所で、仰向けになったまま頭から血を流す。
その姿は、清奈の母親だけあり、美しさは何者にも例えられない。
しかし、もはや彼女も虫の息。もう、いつ死んでもおかしくない。

どうしようもなく……
なすすべもなく……
このまま死ぬことを余儀なくされたようだった。

「お母さん……お母さん……!」

「はやく……逃げ……なさ……」

「嫌だ!! お母さん、逝かないで……! 死んじゃやだあああっ!!」

「清奈……生きなさい……あなただけでも……生き延びて……」

「嘘だ……っ! こんなの……夢だ、全部嘘だ……覚めろ覚めろ!」

「せいな……」

母親の声が小さくなっていく。

「……ごめんなさい……私は……もう、だめ。あなただけでも……生き延びて……」

母親が手を伸ばす。
清奈の顔はもう、涙でクシャクシャになっていた。
血で染まってしまった手にむけて清奈も手を伸ばす。

「ひっく……おかあ……くっ……さあっ……」

声にならない。

その手は
結ばれることなく、血に染まった手は地面に落ちた。
最後に見た、清奈に向けて力なく微笑んだ顔。
瞳が、ゆっくりと……閉じられた……。

「お母さん……おかあさあああああん!!」

清奈が涙を落とす。
自分の母親が、目の前で死んでいった。

「さあ……逃げるんだ……今ここにいたら……お前も……!」

「……でもっ……!」

「早く……行け! そうだ……いつもの洞穴の奥に、お前の為に残しておいた……ものがある。それを見つけて……後は……遠くに行くんだ……!!」

「お父さんとお母さんから……離れたくない……!」

「ここにいては行けない……早く逃」

ザシュッ!!

父親がもたれかかっていた所に血がポタポタと滴り落つ。
「だめだよ。この子も一緒に連れていくのだからね」

その場に相応しすぎるほど、不気味に清んだ声が響きわたった。




「……!」

声の下方向を見る。
一人の男が顔を右手で抑えていた。
人指し指と中指の隙間から覗く、血色の瞳。
そして左腕には、あの青銅の杯が……。

すぐに今の状況が理解できた。
目の前にいる男は、紛れもないイクジスで、そしてその杯は禁忌の宝物。
ビックバンの封印を解いたのだ。

「な……なんで……」

裏切りか、それとも悪魔の悪戯か。

「イクジス……なんでそれを……」

「ふ……ふふふふふ。理由が聞きたいかい?」

微笑む。
イクジスのその言葉は、まるで普段と変わりはない。

「もともと僕は、最初からこの杯を狙っていたんだよ。ある程度皆と仲良くしておけば、入ってもお咎めも少ないだろうしね?」

「まさか……皆を裏切って……! それで……皆を……!」

「やだなあ清奈。この人達は僕の野望の尊い犠牲さ。大丈夫だよ、清奈。僕がこれからやろうとしていることは、悪いことじゃないんだから……」

「……!?」

「例えばねえ……清奈」

イクジスがまた微笑む。

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