〜第3章〜 清奈


[31]2006年8月1日 夜7時29分


すぐにその声が聞こえた方を向いた。
その声は一度聞いたことがある。
そう、清奈いわくネブラであるらしい、先日見掛けた彼女だ。
相変わらず分厚い紫のオーバーオールを着込んでいて、暑くないのかと僕は思うが、彼女の顔にはそんな様子はどこにもない。

そばのベンチにちょこんと座っていたその子。少しニンマリとした表情で僕と目が合う。

「さっきのお姉ちゃんを助けにいくんでしょ? 頑張ってね」

その子が立ち上がりその場を後にする。

「きっと、待ってるよ」

そういって空気に溶けこむように消えた。

あの子の仕業ではなさそうだ。
やはりパルスの言うように観覧車の動力室が問題だろう。あの子が気になったが今はそんな場合じゃない。

《ネブラの死骸がたくさん……ここを辿れば……》
「清奈の所に行けるんだな。よし分かった」

元々ネブラのものだっただろう黒い液体。それが土の中、セメントの床の中でも地に染み込み、どす黒い染みがあちこちに点在している。

今の時刻は7時25分。
目の前で見えるかのように力を失っていく清奈。
僕の足は更に速さを増し、林に落ちている木の枝
或いは雑草を
踏みしめて前に駆ける。
もうまもなく観覧車の動力室に着く。
真っ先にそこへ向かう僕。
「ここか……」

観覧車を見上げる。
紅い景色に似合わない鉄色の円形。
まさに走りだそうと体の重心が前に動こうとした所で

《ユウ! 観覧車にネブラの気配が!》

その言葉で僕は一歩後ろに退く。
一瞬前に僕がいた場所に矢が突き刺さった。

「うわ!!」

それに続いてやってくる弓矢の嵐。
こんなの……
避けられるわけ……!

《手を差し出して!!》

生きるか死ぬかの瀬戸際のせいか、僕の頭はすぐにパルスの声を聞き、限りなく脊髄反射に近い反応をして弓の大群に右手を差し出す。

《リフレ・フォール!!》
僕の手から
うわ!!
なんか出てる!!
僕の意思無く、つまりはパルスの意思で僕の手から眩い光線が出てきた。

矢が僕の所に到着する前に燃え付き灰になる。
そしてその光は観覧車を包みこんで、中にいるネブラが次々と消滅していく。


「ふう〜。これで一安心かな」

と、一瞬だけ思ったが
それは間違いだった。

ネブラの残り滓である黒い液体が支柱を溶かしている。
溶かす?
だから……。

《ユウ。右に走って!!》
観覧車がだんだんと立っていられなくなる。
幸い無風状態の為か、グラグラ揺れても倒れてこない。しかしネブラの融解作業はまだ続いている。あと数刻で巨大な鉄塊がひっくりかえってしまう。

「まずい……!!」

すぐに右に移動する。
いよいよ観覧車も前に倒れかけてきた。

観覧車の大きさはかなりのものだ。だから観覧車の下じきになる範囲は余りにも広大。

そしてついに――

前の柱2本が完全に液体になってしまい、奇妙な形に変形する。そしてそのまま前に……。

崩れさる。

立てかけた本が倒れてしまう様子と同じ。違うのはスケール位のものだが、とりあえずすぐに離れないと潰されてしまう!

観覧車の影が伸びる。
それよりも外側に逃げなければ下敷、そして即死確定。

影が長い!

いくら走っても抜け出ない
早く……早くしないと!!
《伏せて耳を押さえて!!》

パルスの声が聞こえ、すぐさま体勢を低くする。
耳も、轟音にそなえ閉じる。

そのあとちょうどに。

耳を閉じてもなおはっきり聞こえる。その凄まじさは電車の線路の下で寝転がっているようなもの。そして背中に流れる突風。伏していてもなお1人の高校生が遥か先まで飛ばされそうになる。

《もう一度左へ走って!!》
耳を押さえていたが、はっきりとパルスの声は聞き取れた。

僕はすぐさま立ち上がり、動力室がある後方左を向き真っすぐにかける。


先程の転倒で破壊した金属片やガラス片が、またあるものは座席そのものが、地面に叩き付けられた反動で僕の空中を舞っている。
すぐにそれらは落下しはじめた!

《もう一度伏せて!!》

無数のパーツが、原型から弾け飛ぶ。観覧車の一部であっただろうそれらが僕の周りで踊る。
目の前に座席が落ちてひしゃげてしまい、細長い鉄筋がその上に乗っかって完全に潰れた。

辺りが燃え上がる。
この周辺の酸素を全て奪いつくす、朱色の轟火。そして紅い空、灼熱の世界。

激しい耳なりがする。耳を押さえていなかったら確実に鼓膜が破れていただろう。

周りが余りにも紅く、目も赤色以外を受けつけなくなる……僕の体はそこまで毒されていた。

立ち上がる。
傷はなけれど足はもつれてしまいそう。
一歩を確実に踏みしめ、前を目指す。

清奈の気配が感じる、その部屋へ続く扉は、もう少し先にある。あるのだが―――

「く……くそ!」

車が飛び込んだ後がある。それは大破して原型をとどめていないが、タイヤが僅かに残っている。

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