〜第4章〜 黒の男


[29]昼3時57分


「相沢」

ここからは、便宜上、男子達にアルファベットをつけて状況を説明しようと思う。

「貴様は……」と男子A
「なんてやつだ……」と男子B
「うらめしいぞ貴様ぁ!」と男子C
「抜け駆けしやがってー」と男子D
「ずばり、それはずるいでしょう!」と渦巻きメガネの男子E
「お前は長峰さんじゃなかったのかよー!」と男子F「この女たらしー!」と男子G

その他多数の人達が睨んでいる。

さて、もうここまで言ったら、僕が一体どれぐらいの人数の男に囲まれているか分かるだろう。
どうやら僕のピンチはまだ終わってない。
くそ、余りの迫力で言い返せない。
よく考えたら当然だな。僕も誰かにさくらちゃんを取られたら、男子一同と結びついてこんな風に責めるさ。

男子達が、一歩一歩僕に詰め寄る。いつのまにか囲まれていた僕に、逃げ場はない。
普通に、
ネブラ並に精神的な意味では怖い。
そしてむさくるしい。
空気がなんだか薄く感じるぜっ……!

そのとき、
神様はようやく救いの手を差しのべてくれた。






「なにやってるの、お前達」

ドアの方から聞こえてきた声。正直、助かったと思った。

「な、長峰さん!」と男子Hが言う。

清奈がゆっくりと歩く。
その威厳は何者にも例えられようもない。
纏う服は制服でも、彼女は生粋の剣士だ。
普通の女子高生とは比較にならない。
といったことは、まあ今まで何度も感じてきていることなのだが。

男子達は皆、清奈が通る道を空ける。
どうやら清奈も荷物を取りに来ただけらしい。
机の横にぶら下がっていた小さなかばんを手にした後。

「で、なにやってるのよ?」
皆の方に視線を向ける。

「見たところ、皆が悠を囲んでいるみたいだけど」

皆はこの質問に真面目に答えるのだろうか?
少なくとも、そうしたら、いろんな意味で素晴らしい展開になるのではないかと予測する。

男子達は答えない。
きっと、清奈の見えない力によって、己の愚かさに気づいたのだろう。

「ねえ悠、何をされたわけ? こいつらに」

僕は、別に答えても構わんのだろ?
被害者だからな。
また清奈に助けてもらうなんてふがいないなあと心で思いながら、僕は言う。

「いや、僕が空川さんと仲良くなったことが、皆納得できないらしくて……」

数名、顔が青ざめる。

「へえ」

清奈は再び、僕の方に向かって歩き出す。

「行きましょ、悠。こんなやつらのことなんか無視しなさい」

そう言って僕の手を掴み、ドアの外へと引っ張っていく。

「あと」

清奈が教室から出る直前に、男子にとどめの一撃を食らわせた。

「お前達、最低」

どんな男子も再起不可能になるほどの、強い軽蔑の念を目に込めて、言い放った。

数名ほど、その場にへたれこむのを最後に見て、僕は清奈に手を引っ張られたまま連れていかれた。







「どこに連れていく気だよ?」

ずっと手を繋ぎっぱなしで清奈と廊下を走る。廊下の掃除をしてる人達をかいくぐり、まもなく右手に現れる階段を駆けあがる。

分かった。
行き先は屋上だな。


予想通り、学校の屋上へと通じる階段を上りきり、ドアを空ける。

まだハレンは来ていないらしい。
不可視空間はちゃんと張られていた。

「ほんと、男って馬鹿な生き物ね」

屋上の中央に来た所で、清奈が口を開く。

「いや、そうするものなんだよ。好きな人を取られたら、どこかしら悔しく思ってしまうんだよ」

「……ふん、それが馬鹿っていうのよ」

「清奈にも……分かると思うんだけど」

「分かってるわよ。ただ、そういうのは弱者の願望」

「願望って、そんな言葉ではなかなか片づけられないものなんだよ」

清奈は、恋という感情には無頓着だ。
明らかにそうだろう。清奈の歳なら抱いても変じゃないし、いや、ここまでになると抱いていないことのほうが変だ。

「……なあ、清奈」

……と自分の中で清奈について結論したのだが、その意に反し清奈に問う。

「誰かを好きになったことって、あるか?」


微妙な沈黙。僅かに長く、一瞬でもない無言の後。

「何故聞くの?」

「いや、清奈もやっぱり僕と同い年だし、やっぱり僕と同じように誰かを好きになったり……」

言いながら、しまったと思う。
清奈の無表情が、だんだん崩れていっているじゃないか。

「へえ、悠がさくらを好きになるみたいに、私が誰かを好きになるかって?」

「ま、まあ、そういうことだ」

「……どうかしらね。私が自覚してないだけで、そういう感情をもっているのかもしれないわね」

なんという肩透かし。

「ふ、ふ〜ん」

と、答えるしかないような発言を返された。

「でも」

清奈のセリフにはまだ続きがあった。

「お前は、あのクラスの男子の中でいうなら、まだまともな方だと思うことは思うけど」


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