〜第3章〜 清奈


[28]2006年8月1日 夜7時20分


「……俺様をそこまで怒らせたいか。てめえ……!」
相手を逆上させるんだ。そうすれば攻撃が激しくなるだろうが、同時に隙も隠さなくなる。私にとってはそれが大事だった。速攻で勝ちに持っていくのには闇雲に剣を交えても意味は無い。私の意図をフェルミも理解しているのか、いつもの茶々入れも無い。

もっと怒れ。そして私に飛びかかってこい。

「まあ、貴方も所詮ジャガー型……。私と戦うには少し力量不足ってとこかしら」

「な……」

髪の毛が逆だつ。
白目が赤くなる。
血に飢えた、人間の出来そこないの姿から、本来の姿を取り戻していくかのごとく。

「てめえ、もう一度言ってみろ……!!」

声もすごみを増してきた。次で来ることを確信し、私はフェルミを両手で構える。

「私の相手では無い、ということよ」

「な……!」

力を増大させる。
ようやく勝利の鍵、

「ぶっ潰すぞ貴様ぁーーーーー!!」

「逆上」を手にいれた、
と思った時だった。

「サーベル、相手は策を講じているぞ!」

もう一匹が静止させる。
意図を理解していたか。
全く……私にとって驚異なのはグルームの方だ。
だが、この逆上したサーベルを止めることが出来るものなどこの世界に存在するか?まず、有り得ないだろう。

「んなもん関係ねえぇ! アマの癖に俺様をコケにしてくれやがってぇっ!! そのままくたばりやがれぇっ!!」

私に攻撃することが、奴にとって最優先事項になった。そう、それでいい。

そしてサーベルが今まさに私を引き裂こうとしたとき、



「シヅキ様のご命令を忘れたか! サーベル」

そうグルームが言った。
その言葉は前のもの程大きな声を出していない。
ため息混じりで呆れて言うような、
まるでやんちゃな子供を親が優しく躾(しつけ)るような。
そんな軽い口調で言った言葉。
そんなものでこの獰猛な怪物が止まるのか?
答えは変わらない。
止まらない。
そのはずだ。
そのはずなのに……?

サーベルは私が予測していた軌道の半分の所でピタッと止まる。

「……チッ!! 命拾いしたな……クソアマが」

サーベルが再びグルームの隣に飛んで移り、最初の状態に戻る。
全てが振りだしに戻ってしまった。
時間が無い私にとって、最も恐れていた展開。

泣く子も黙るとはまさにこういうことか。
なぜ急に攻撃しなくなった?
狂暴な肉食動物が獲物を諦めるにはまだ早すぎる。
それは何故か考えてみた。考えるまでも無かろう。
グルームの台詞に、一つの固有名詞があった。
それは、私が長い間ネブラを一掃した私でさえも、一度も耳にすることが無かった言葉。


シヅキ


シヅキ……【様】?


驚きだ。
時を狂わせる怪物連中に、他の者を崇めるというシステムがあったなんて。
そしてそのシヅキというものは、
姿ではなく、言葉だけでしか出てこなかったのに。
現にここに在(い)るわけではないのに。
ただ、一匹のネブラがその名を口にしただけなのに。殺人マシーンに化けかけたサーベルが理性を取り戻した。
どういう……ことなの?


「シヅキ様のご命令は、かの雷の戦姫の能力データを取得することだ。それ以外の行動は全て慎まなければならない。
『雷の戦姫を殺す』も同様だ」

グルームがサーベルに言った。
サーベルは、先程の激怒と苛立ちの表情はどこへやら、かえってこちらが腹立たしくなるほど、冷静になっている。

「で。データは取れたのか?」
サーベルが言う。

「提出用としては十分だ。退いても問題なかろう」



「お前達……」

私は剣を構える。
「お前達に1つ問う」

二人を見据える。

「ただ私を呼ぶため……データを取るために。」

私は力を解放した。

「無実の者を犠牲にした……ということなわけね?」
フェルミに雷が宿る。私の髪はその力で後ろに流れる。

二人は僅かに間を置き、

サーベルが答えた。



「まあ……そういうことになるな」




……私が逆上しそうになる。これではあべこべだ。
私の中で激しい怒りがこみあげる。

タイムトラベラーとして、無実の人間達を
クラスメートの皆を
そして悠を
巻き込んだという怒り。

同時に

私と戦うのに、データを取り、殺すつもりは全くなかったという事実。

何ですって?

私と戦うのに本気を出さなかった?
こんな連中に、この私が舐められるなんてね……!

私はその怒りをしまいこみ、次の一手を考える。
奴らは逃げようとしている。
だからそれを阻止すること。逃げられたら、奴らの言う私の「データ」が、シヅキというものに渡る。それを見過ごすわけにはいかない。

データはどこにしまっているのか。
それはすぐ分かる。
グルームが飛ばしているあの2つのブーメラン。
あれは武器じゃない。
録画装置のようなものだ。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.