〜第5章〜


[26]昼3時41分


なんでこう……清奈とさくらちゃんが、ダブルブッキングするんだよ……?
どっかの神様が僕を操っているに違いない。
しかも、これまた……時間的にどちらかしか選択できない。体が何で2つ無いんだろう。
そんなアホらしいことを心の中で呟く。

どうする?
どっちに行く?
どうすんの?

いや、選べるわけないだろうが。
しかしそれは答えにならない。ここは逃げてはいけないところだ。

客観的にどっちに行けばいいか誰か教えてくれませんかね?

「ねえパルス、どうしよう……」

《こればかりは……私はセイナに行くべきだと思いますが。タイムトラベラーとして今後円滑に行動できるように。ただ、ユウの言いたい気持ちも分かります。強制はしません》

清奈を振ると後で怖い目に逢いそうだ。
だが、そうだからってさくらちゃんの誘い(しかもさくらちゃん本人からの)を断るなんて愚の骨頂だ。

2つ相反した約束を解消するには?
折衷案を掲げる。
しかし、折衷案と言っても……そうだ!

僕は1つの名案を浮かべ、すぐに清奈が入るであろう階段前の廊下へ走った。





ちりとりを側に置き、箒で床を掃いている清奈を見つけるのに時間はかからなかった。
「なあ、清奈!」

清奈は手の動きを止め僕の呼び声に振り向いた。

「今日の引っ越しなんだけど、夜の方がいいんじゃないか?」

こうなったら時間をずらすしかない。さくらちゃんとの約束は時間まで決まってるから無理だが、清奈との約束はまだ融通が利く。

「何故?」
「それは……あれだよ、引っ越しの最中にほら、うっかりタイムトラベラーの秘密がバレちゃったらさ。夜なら人通りも少ないし」
「ああ、その心配はないわ。私の家に張られている不可視空間を悠の家まで広げればいいから。それに、人手がハレンも含めて3人しかいないから時間もかかるでしょうし、昼から始めないと夜中になってしまうわ」
「ハレンにも……連絡したのか?」
「ええ、もちろん」

ハレンもいるということは、もう約束を先伸ばしにすることは出来なさそうだ。参ったなあ……。

そんなことを考えている間に清奈は掃除を再開しはじめた。

「僕も……行ったほうがいいか?」
「何、手伝いたくないの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「お前は唯一の男手なんだから、しっかり働いて貰わないと困るわけ、分かる?」

く、そんなこと言われても、さ。
逆にやりこめられてしまった。

結局、清奈を説得できないまま僕は下足までやってきた。
どちらかを切り捨てなければならない。突き放さなければならない。
たった1回ぐらい約束を断ったぐらいで嫌われたりしない?
逃げるな僕。その考えは甘いぞ。

僕は清奈の落ち込む顔も、さくらちゃんが悲しむ顔も見たくない……。
どうする?
































決めた。
しかしそれは、あの心優しい彼女を諦めなければならない。
でも彼女は、例え僕が清奈の元へ行ってたと知ったとしても、すぐに嫌いになったりしない――

そんな都合のいいことを考えていた。

僕の心の中で何度も何度も心の整理をして、決心した。

靴箱を開ける。

しかしその中には、僕の決心を揺らがす物があった。そう、昼休みに見つけた便箋だ。

封筒の中にある手触りのよい封筒に、1文字ずつ丁寧に書かれた彼女の想い。
それが僕にひしひしと伝わってくる。

ごめん……さくらちゃん!

僕は正直、今はそんな必死の想いは胸を刺すように痛い。一刻も早くそこから走り去りたい。

けれど、僕はもう一つ決めた。

今頃さくらちゃんは駅前で待っているだろう。
僕は清奈とハレンに少しだけ遅れる旨を、携帯を通して伝え、駅前に向かって走った。

頭の中で言うべきことを、何度も繰り返す。
言い訳にならないよう、嘘偽りなく全て正直に伝える。

早く駅前に着いてくれ。
はやる気持ちを抱き、僕の足はだんだん早くなる。

毎日通っているはずの舗装された歩道も異様に長い。走るにしても近すぎるし、歩くにしては遠すぎる。

僕が駅に到着した後、待ち通しそうにあちこち首を回している彼女を見つけるのに要した時間は短い。
内心では走っているのだが、僕の体は歩いている。
それは肉体疲労とかそういう話では無い。
誰でもない僕を待つ彼女にトゲトゲの薔薇を差し出すようなものか。
罪悪感、そこから生まれる背徳。
何度も頭で繰り返していた言葉がまともに動かない。脳と口の滑りが悪くなる。リピートする度にあちこちが軋んで……。

「悠くん!」

ハッとその声に気づくと、目の前からやってくる、さくらちゃん。

「よかった……来てくれて。なかなか来なかったから心配したんですよ?」
「ああ……さくら。それなんだけど……」
「それじゃあ早速行きましょう!」

ちょ……さくらちゃん。
悪いんだけどさ、僕の話をさ……。

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