side story


[26]時を渡るセレナーデS




如月はネルフェニビアとともに艦内の武器格納庫にいた。

「大丈夫……か」

如月はある前提のもと行動している。
悠と清奈がここに戻ってこようが、こまいが
古墳島へと発つ前に戦闘を覚悟せねばならない。
ならば今のうちに最大限の準備を整えておくのが当然というもの。

「この潜水艇の死守と、星影ハレンの保護、できるな?」
「……耀君、まさか」
「あの2人をここまで誘導することを考えたほうがいい。全ての非常扉が閉じていることを考えれば、それが最も賢明だ」

ネルフェニビアはその意見を否定しない。
彼の頭脳で導きだされた提案は、彼にとって絶対でありそれを止めることは敵わないだろう、とネルフェニビアが考えたこともある。

でも彼女は更に重視するべきものがあった。
純粋に、恐れたのだ。
無駄だと分かっていても。

「……戻ってきて」
「どうした?」
「戻ってきて、くれる?」「当然だ。こういうときの為に今まで鍛練してきたのだからな」

如月の声に迷いは無かった。
彼はネルフェニビアは無論、大切な何かを護る為に降り立った男だ。
紅蓮の覇者は彼を覆う鋼。ネルフェニビアは信じた。背中に宿命と決意を宿している、そして、自分が何よりも愛している……

「耀君……」

黒ダイヤのような輝きを思わせる彼を。

「待ってるから」





如月は外へ出た。
火災の影響だろうか。焦げたような臭いが彼の嗅覚を刺激するがそれを気にも留めない。

そのまま暗黒空間の中へと足を進める。
自分の一部と呼べるほど手に馴染んだマグナムがあり、さらに如月はショルダーバッグのように肩から何やら大きな物体を提げていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「せ、狭い、な」

通気孔の中をモゾモゾ這い回る。我ながら冴えた考えと思った僕だけど、マズい点があった。

狭い。

そして僕は軍隊ではない。如月君ならまだしも、僕はパルスの力を借りて戦っているわけだ。元々は平凡な男子高校生にすぎない。つまり、ほふく前進という奴に慣れていないため動くだけでかなりの体力を奪われてしまう。
これだけ狭いからネブラに襲われたりはしないだろうけど……。

《セイナの元に確実に近づいています》

パルスに前方を照らしてもらいながら僕は前進する。

「サンキュ、パルス。本当に頼りになるよ」
《ぇ……?》
「だから、パルスは本当に頼りになるよ」

《そ、そうですか。私はユウのタイムトーキーなのですから、これぐらいのことは……とっ、とと当然ですが》

なんで動揺してるんだろう?
いや、それよりも。

「パルス、出口は近くにあるか?」
《ふぇ……あ! はいっ! 次の角を左に曲がれば……》

なんか、頼りなくなってきたような……。


◇◆◇◆◇◆◇◆

まだ手が震えている。
先ほどの攻撃で大なり小なり奴にダメージは与えた。それでも私は、恐怖が止まらない。落ち着きは生まれてきたが油断は全くできない。
一刻も早く誰かと合流したい。さもなければこの闇にもみ消されてしまう。

《セイナ、パルスからの信号を取得した》
「本当!?」
《間違いない。このまま真っ直ぐに走れ》

すぐに私の足が猛スピードで動き出した。
悠が近くにいる。
そう考えただけで私の心が芯まで暖まる。
助けに来てくれた。
悠が、私を。
他の誰でもない、私を。
早く悠と手を繋ぎたい。
そうしたら、私はもう何も。
何も、怖くない。

◇◆◇◆◇◆◇◆


遺体の山を縫うように、細長い生き物が動き回る。
気配も物音もしない、空気と違いは無い。
不気味に舌をチロチロと出している。縄のように太く長い物体は、僅かな炎の灯りによってようやく蛇と認識した。
その蛇の向かう先は、悠が入っていった通気孔。
口をおもいっきり開く。
牙と牙の間に、粘液が糸を引いている。
その蛇は壁に張り付き、天井に張り付き、通気孔がその大蛇を飲み込んでいる。その蛇の通った跡には、鉄が溶けて奇妙に変形していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「はあ……腕が……もう疲れてきた……」
《もう少しですから、頑張ってください!》
「分かってるよ。これぐらいのことで……!」

何キロメートル進んだだろうか。
空気が薄い。しかも所々熱風が吹いていたりして暑さが体力を更に消耗させる。汗をコートで拭った。

パルスが言っていた通気孔の出口は、火災のど真ん中に通じていた為、僕はもういちど別の出口を探していた。

「ふう……」

早くこの迷路から抜け出さなきゃ。
清奈の元へもどんどん近づいている。
恐らくはパルスの信号をフェルミがキャッチしてくれたのだろう。

僕は少し止まってちょっとだけ休憩したあと、また前に進み始めた、そのとき


ゴトッ


コートの内ポケットに入れていたライボルトが床に落ちた。一瞬起きた物音。






聴覚という神経が限界まで研ぎ澄まされた奴にとって、この何気無い物音はどんなレーダーよりも高性能だった。

動き出した。



《ユウ、今後方から何か……》

パルスのセリフも最後まで言わせなかった。

「っ!!」

異様なスピードで後ろからやってくる。まるでさっきの物音のこだまに乗ってきたかのように。

ズザザザザザ!!

《蛇がき……》

事態を把握するより早く、僕は既に動けなくなっていた。

一瞬の出来事。
もう僕のすぐ後方に、蛇が僕を睨んでいた。
ライボルトを握る右手も、縛り付けられているように動かない。

パルスが悲鳴めいた声で引金を引くように言ったが、僕はその悲鳴さえ上げることが出来ないでいた。
あの口の牙に体が突き刺さった途端――

今度こそ助けは無い。
こんな通気孔内に清奈のような助け舟が来る筈はない。

死が、僕の心臓を高ぶらせる。

ああ、そうか。
僕はなあにも清奈に出来ないまま死ぬのか?






なぜか蛇は動かない。
恐怖で僕をなじるかのように。
噛まれて楽になってしまえば、恐怖は一瞬だけなのに。

何を考えているんだ。
清奈を助けるのに、こんな弱音を吐いててどうする!
《蛇は動かない限り襲うことはありません。物音を立てずに止まってください》

蛇は耳を便りに獲物を捕える。
この暗闇では目で僕の姿を見ることはできまい。

耳で僕の姿を捉えているのなら……。


その時

蛇の遥か後ろで

ガガガガガガガ!!

機関銃を撃つ銃声が聞こえた。蛇は飛びはねてその方向へ……。
蛇とはとても思えない猛烈なスピードでその場を去っていった……。


よかった……。
助かったらしい。
手の平は汗でグショグショになっていた。

《危なかったですね。早く通気孔から脱出した方が賢明でしょう》

そうだな。
蛇は間違い無くネブラの刺客。
ここに蛇が現れたのなら、ネブラは僕がこの非常に狭い空間にいることを知っている。

《下にセイナが!》

え?

◇◆◇◆◇◆◇◆

《ここにいるはずだが》

悠の姿は無い。

「せいなあああ!」
「っ!」

すると、どこからか悠の声をはっきり耳にした。

「悠! どこ!?」
「上! 天井裏!」

上を見あげると、私の頭上で天井を叩く音がした。

私はフェルミの剣先を上に向けて突き刺すことを試みたが貫通はしなかった。

「通気孔の中にいるから、出口を外してくれないか」「分かったわ」

前方に排気孔が見える。
そこにすぐさま向かって、蓋を破壊した。

「ここよ!」

私が声を上げると、悠がそこへと向かい――


「よかった……無事だったんだな」

天井から悠が顔を出した。私は、衝動を抑え、こう言った。

「そんな狭い所に潜りこむなんて、随分物好きなのね。悠って」
「いやいや。好きで入ったわけじゃないって」
「いいから出てきなさいよ」

悠は

「よいしょっ……どわっ!?」

降りるときにおもいっきり尻餅をついた。

私はため息をつく、そぶりを見せた。

「お前はどこまで間抜けなのよ」
「はは……あははは」

悠は笑ってごまかしていた。
その笑顔を見れて
また、見ることができて
本当に良かった。

もし今
戦いの場にいなかったら、私にプライドがこんなに無かったら

私はきっと……。



《相変わらずだな》

フェルミが突っ込んだ。

「うるさい」

だけど、物事は思わぬ方向に進んだ。

「ほら、艦艇に戻るわよ」

そう言って、私が悠に背を向けたとき

「なあ清奈」
「なに」
「……ごめん」
「え?」

悠は
私の背中を覆うように私を抱き締めていた。

「有山の時みたいなことを、また起こしてしまったよな。守らなきゃいけないのに清奈を一人にしちゃって……本当にごめん」

私が勝手に飛び出しただけなのに。
悠が謝ることなんか何も無いのに。

なんで
こんなに
胸の奥にある鐘の音が、早まるんだろう。

私……少し
どきどき……している。

「本当にその通りよ。助けに来るなら来るで、もっと早く来なさいよね」

そう、私は悠に早く会いたかった。

「それに……急に抱いてくるなんてどんな神経してるのよ」

本当は自分だって悠に抱きつこうと思ったくせに。

「うっ……それは、まあ、な」

それでも私は拒まなかった。
悠の手はとても暖かい。
私も悠も生きている。
死の山を見た私の心が慰められるのに、熱すぎず寒すぎない温もりだ。

私はその手で覆った悠の温かい体。

手の震えは止まった。
悠とまた出会うことができた。手の僅かな震えも止まった。


ドドドドド!!

「何だぁ!?」

悠が飛びあがって後ろに数歩離れる。

「やはり、生きていたわね」

剣を構えた。
目前に迫る黒金の要塞。
しかし、私はその威圧に二度と屈することはない。
悠は、私に勇気も与えてくれた。




「ここで仕留める」


難攻不落のこの怪物を
絶対に攻略してみせる。

「はっ!!」

右足を蹴って私は巨体と刀を交えた。



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