side story


[24]時を渡るセレナーデQ



◇◆◇◆◇◆◇◆

この辺りだ。
もういつ遭遇してもおかしくない。火災があちこちで起こっているらしく、室温が高い。


「っ!」

荒らされた跡が残っている。銀色の壁が深くえぐられており、中の導線から火花が飛び散っている。
更に奥に進むとゲートをこじ開けられた形跡が見える。鉄にヒビが入り、無理矢理穴を空けている様子だった。

さらに

大きな電子音がしたかと思うと、背後の通路が門で閉ざされた。
大きく、42と書かれたドアだ。

「封鎖……?」
《気配が大きくなったぞ!》

私が今向かっている方向を見ると

空間が斜めに歪む。

揺らぎだ。

私は走って更に奥へ向かった。頭がジンジンする。
その頭痛を撥ねのけるように、目の前に全神経を集中させる。

《まずい、ゲートが次々と封鎖されている……!》

うかつ……
逃げ道を閉ざされてしまう。

構わない。
近くにいるネブラさえ倒せば全て開けてくれるはずだ。それに、省の人間も今頃戦っている。
迷わず奥にすす……。







そう思い、地で足を蹴って走り出そうとした矢先のことだった。

通路を照らしていた全ての電灯が消えた。

《停電だと……?》

立ちどまった。
幸い非常灯がついたので辺りの様子は分かる。
しかし、先ほどまで騒がしかったのに今は自分の呼吸の音が聞こえるほど静かだ。

「奇妙ね」

さっき私は揺らぎを確認した。つまりネブラは近くにいる。
先日の戦闘を考えると、味方の軍隊にも会えるはず。

にもかかわらずここは静か、余りに静かだ。
まるで誰もいないかのように、あたかも私一人だけであるように。


非常灯が点いているとはいえ、辺りは薄暗い。そして火災による異臭も漂う。
何かを焦がしたような臭いが鼻にさす。
私は足音をなるべく立てずにまっすぐ歩いた。


全てが沈黙していた。
ゲートも封鎖され、廊下には窓らしいものも何一つ無い。そんな閉鎖的な空間に取り残されてしまった。
T字路に差し掛かったところで

「あっちね!!」

爆発音と、炎により一瞬明るくなった右方向へと走る。
もう次の角を右に曲がればネブラのもとにたどり着く!

さらに巨大な爆発音。

「くぅっ!」

地が大きく揺れた。
壁に亀裂が走る。
かつて無いほどの爆音、尋常じゃない爆風に私は体勢を崩した。

すぐに立ち上がる。室温がさらに上昇していることに気づいた。
汗が吹き出して、頬に伝うそれを手で拭う。

「……ふ。たいそうな筋肉馬鹿だこと」
《……奴の力が強大になってきている》
「別のネブラが力の増幅させているわけね」
《そのようだな》

それがなに?
力を増幅させたごときで、私に勝てると思っているの? 笑わせる。
さあ私の足よ、動け。
敵はすぐ側だ。
雑魚を蹴散らせ。
圧倒的な力を見せつけてやれ。
どうした私の足、動け。
もうすぐそこだ。
私なら楽勝だろう。
動け。
さあ、動け。
早く、動け。
早く早く早く早く……。
何を震えているんだ……。

何を恐れている?
敵は弱い。
自分よりずっと弱い。

ええ、怖くない。
灰色の空気、そんなもの怖くない。
静寂で孤独、そんなもの怖くない。
血の混ざった臭い、そんなもの怖くない。
純然なる殺気、そんなもの怖くない。

怖くない。
全く怖くない。
全く怖くなんかない!


この世界は

恐怖が前に出たものから命を落としていく――






突如

「うっ!!」

私の体が吹き飛ぶ。前方に走った強い衝撃と震動、それは何をもってしても曲げられない。

地面を転がる私の体を左足で踏ん張った。
すぐさま前に突っ切ろうと右足に力を入れたとき

暗黒騎士の雄叫びが私を押し潰していく。

「あああっ!!」

もう耐えられることなど不可能だった。
私の体は閉じられたゲートに叩き付けられた。
さらに
廊下に備えられていた非常灯が粉々に砕ける。
その破片が、行動を失った私に襲いかかる!

すぐさまフェルミを盾にする。
致命的な傷は受けなかったが、私の左頬が横に裂け、血が滲み始めた。

「くっ……」
《大丈夫か!》
「この程度、なんてことない、反撃して……」

恐怖に駆られてはならない。それは死を意味する。弱い心をいますぐ隠せ。
非常灯の僅かな光も失せ、もう何も見えない。私の遥か前方に、炎が揺れる。
そこに
黒キモノが目に映った。
一歩ずつ
ゆっくりと
こちらへ向かう。

その体は、怪物以外に何と呼べるだろう。
力の増幅は、考えられない規模で進行していた。
まだ力が収束しない。
溢れかえるほどその力をとどまることを知らない。
平等に死の制裁を与える武器、奴の刀は、刀身だけで私の背丈を越える。

《この空間の狭さなら奴も満足に身動きできない。雷撃を放て!》

いつもの私なら
フェルミに言われるまでもなく既に行動を起こしているだろう。

だが
体が、思うように動かない。
私は冷静さを失念しかけていた。

防衛本能が私に警告を発し続けている。

逃げろ……
逃げろ……と
殺される……と




その忠告を振り払う。
ここで死ぬわけにはいかない。
まだ私は使命を果たし終えていない。このまま死んだらお父さんにもお母さんにもあわせる顔がない。

それに


私は……あいつのためにも

必ず生きて戻るのだから……!


◇◆◇◆◇◆◇◆

「大臣……? 大臣!」

シャリアは非常に嫌な予感がしていた。
通信が途切れてしまった今、大臣の声が再び聞こえてくるはずはない。しかし大臣の名を叫ばずにはいられなかった。

『息子を頼む』

如月大臣の息子、如月耀。血は繋がっていなくても、親子として絆は深いものだった。それはシャリアもよく知っていることだ。
だが、あのセリフは
言ってはならないものだ。
まるで二度と会うことができないかのような響きが残っている。
続いてシャリアは自らの情けなさに涙が出そうになった。

この動力エンジンは、魔力と相性が悪い。
安定した出力を出せるものの、燃費も良好というわけではない。
だから燃料の供給が普通よりも時間がかかる。
それを早く済ませることがメカニックとして当然の義務であり、腕の見せどころでもあった。

だが、自分は、とシャリアは思う。

目の前に浮かぶゲージを見ると、半分も満たしていない。
45パーセントしか燃料が供給できなかった。
停電したので魔力をプールしたドラム缶から機体へ流すデバイスは停止している。

再び大きな爆発音。
この動力室にも危機が迫ってきた。
棚の上にあるペンキがカタカタ揺れている。
そのうち赤色が倒れたかと思うと、地面にゆっくりと朱色が広がった。

この燃料で古墳島へ向かう。
到着などできるはずない。戻ってこれるだけの燃料もない。
なんてことだろう。
この うみしお は、まるで突攻機のようではないか。そしてその船に、耀が乗るのだ。

もっと、自分が腕に長けていたら。もう少し燃料を供給できたはずだったのに。
シャリアはかなりの腕で、普通のメカニックでは30パーセントを越えるか越えないかの時間しか無かったのに、45パーセントまで貯めた。しかしそれでも、シャリアは自らの無力さに、強い自己嫌悪を覚えたのだった。








ひっそりと決意を固める。強く結ばれた彼女の右手拳のように。
せめて自分ができることは、耀とその仲間を最後まで守りきること。それが精一杯だった。
爆発音が止むことは無く、またも背後のペンキがカタカタと音をたてていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「本部からの連絡が全て断絶された」
「……まさか」
「停電の影響なワケね。メインの電線が絶たれた以上、供給も出来ない、か」

梶原が何度も管制室とコネクトを試みるが、相手側から何の反応もない。
咲子は片っ端からコンピューターの手動電源を入れていた。
桜庭は言葉を失っていた。主要電線がやられた今、敵に対する抵抗は不可能である。
敵がここへやってくるのも時間の問題だろう。それまでに何としても出航しなければならない。
だが艦長も、桜庭自身も、命令を出すことができなかった。



「先輩……」
《……だめだった》

ステラがフェルミに連絡をとろうとしたが、返事は無い。
何かあったに違いない、時間が経つにつれ確信が強まる。

「清ちゃんがいないなんて……」

ネルフェニビアが出入口へ向かう。
清奈がいくら比類なき剣士だとしても、必ず無事であるという保証はどこにも無い。そう考えると、いてもたってもいられなくなった。

「あれは……悠君と耀君?」

ネルフェニビアは、出入口で悠と如月がいることに気づいた。
ここから見ても分かるほど、悠は追い詰められているような顔をしていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「決断したのか、相沢悠」「……」
「俺にはお前を止める権限などない。好きにすればいい」
「僕は……」
「何だ?」
「前にも同じようなことがあったんだ。そして、その時約束した、清奈の仲間になるって。真の意味で……仲間になるって」
「だからどうする?」
「……如月君」

間が空いた。
如月は彼の右手にあるものを見て、何が可笑しいのか口もとが上がった。

「行ってくるね」

如月は以前悠達に何があったのか、など知るはずはない。
それでも同情できる何かを感じずにはいられなかった。
ああ、なるほど。だから彼は苦笑のような表情を浮かべたのだろう。

彼は
悠の走る後ろ姿を、ただ無心で見つめている。自らと同じものを守り、同じ道を歩んでいる者を。





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