〜第4章〜 黒の男


[23]深夜2時56分


そうして

僕は再び夢を見る。
昨日と同じ夢を。
そこにあったのはやはり同じ、のどかな田舎景色だった。
昨日の続きを見せてくれるらしい。

「ねえ、イクジス」

幼い清奈の声がした。
僕はちょうど、清奈とイクジスが剣の修行をしているところだった。

「ちょっと手加減してよ〜もう動けないもん……」

「ふふ、ダメ。夕御飯までは続けるからね」

「う……うぅ……」

イクジスの前で尻餅をつき、今にも泣きそうな顔をしている清奈。この頃は、まだ清奈は年相応の心と体を持っていたのだろう。

「お父さんやお母さんよりも強くなるんだろう? それだったらもっと努力しなきゃ」

「……うん」

「清奈なら絶対になれるよ。まだ小さいけど、数年たったら立派な剣士になってるさ」

「そうかな……」

「絶対そうさ。僕には分かるよ。清奈は世界一のタイムトラベラーになれるってね」

「……イクジスが言うのなら、きっとそうだよね」

清奈は再び立ち上がる。
そして剣を構え、イクジスに立ち向かった。

清奈は幼い時から、強い剣士になる兆しを見せていたようだ。
僕が目の前で見ていたのは、その動きは本当に幼い少女のものなのか疑ってしまうほどだ。
左にステップを踏み、イクジスの横薙ぎの木刀を、しゃがんで頭上の紙一重で避け、そのまま立ち上がりながら、下から上に清奈が木刀を振るう。
それを弾いたイクジス。今度は足元に横薙ぎを入れる。
それを上手く飛んでかわし、着地した瞬間に清奈は足払いを入れる。
やはりそれも飛んで避けるイクジス。
そのジャンプの隙を突き、前進する清奈。それをバックステップで距離を取り、左に上手くよけるイクジス。清奈の突きが外れたのを見計らい、

バシッ!!

と、一つの音。

「また負けた……」

溜め息混じりで言う清奈。清奈の腰辺りに木刀が当たる。

そして清奈はそのままどっと座る。

清奈も、今の僕みたいに修行を積んでいたんだな。
イクジスは、清奈の師にあたる人物のようだ。

そして、清奈はイクジスに絶大な信頼をおいている。現に、ほら

「イクジス、今日は釣りにいく約束だったよね! 行こうよ!」

場面代わり、清奈はイクジスの手を引いて、野道を歩いていた。

「ああ、そうだったね。清奈は遊ぶ約束はちゃんと覚えているんだね」

笑いながら言うイクジス。

「いいじゃない。だって私、修行も楽しいけど遊ぶのはもっと楽しいもん!」
言って清奈は走り去り、すぐに戻ってきた。
手にあるのは釣りざおと鉄製のバケツだった。


さらに場面代わり、川沿いで清奈とイクジスが釣り糸を垂らしていた。

「イクジス」

不意に、清奈が口を開く。
「何だい?」

「最近は出てこないの? ネブラは」

「……そうみたいだね。最近は大きな歪みは観測されないし。急にそんなこと聞いてどうしたの?」

「……ちょっとね。早く大きくなって一人前のタイムトラベラーになりたいなあって思ったの。それでね、いつかイクジスみたいに優しくて、強いタイムトラベラーになれたらいいなあって。」

「なれるよ、清奈なら。しかも近いうちにね」

「そうかなあ?」

「だって、清奈は優しいし、僕といい勝負ができるぐらい剣の腕もたつじゃないか」

すると清奈が
微笑んだ。

「ありがとう。イクジスにそう言ってもらえただけでも嬉しい」

「ふふ、そうか」

風が吹く。
側の野草がなびき、川の流れが少しだけ早くなる。
気温は暑くも寒くもない。穏やかな風、自然に恵みを与える太陽、大地に潤いを与える川、そして、命が満つる薄青い空気。

そこに座る少女と青年は、画家が一枚の風景画に納めたかのようにその世界に溶けこんでいた。


さらに場面が代わる。
今は夜。
三日月が上がり、星も煌めく。
僕は生まれて初めて、流れ星を見た。


僕の意識は、木と煉瓦でできた小さな家の中へと吸い込まれていく。

いたのは清奈と、昨日見た清奈の両親だ。

天井にランプがぶら下げられている。
そのランプは小さい。でもこの小さい家を照らすには事足りるらしい。そして、小さい家だから人と人との距離は近い。人と関われて思わず笑顔が飛び出しそうな家だ。

清奈の周りをとりまく環境は、ざっとこんな感じだった。


「父さん、何してるの?」
清奈の母親が台所でいろんな後片付けをしている。父親は、棚から木の箱を取り出す。

その中を開けると出てきたのは、青銅色の杯。
相当な年季物だ。骨董品のようで、慎重に扱わなければ今にも砕けてしまいそう。
しかし、よく見るとその杯はかなり装飾が施してあるらしく、一昔前はさぞ美しいものであっただろう。

一つ言えることは、神聖なるものだと言うことだ。


「そうか、清奈にはまだ教えていなかったな。これは【瞬間】を捉えた杯だ」

「瞬間を捉えた?」

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.