side story


[23]時を渡るセレナーデP




先程まで夏まっ盛りの青空もいよいよ橙色に染まり始めた。あれほど高かった太陽も地に沈むのはまもなくだろう。
時間は彼らに僅かの休息しか与えてくれない。
このぶんだと、ふっと目を閉じて開いた時には、きっと少し欠けた月が浮かんでいる。

死闘という名の歌劇が、まもなく開演する。
全て準備は整った。
後は生きるか、死ぬか。





「こちら管制部。うみしお、応答せよ」
「こちらうみしお、全機能の動作確認、燃料供給作業を開始する」

梶原が外部の管制室の人間と無線で会話している。

「こちらシャリア。燃料供給作業、順調です」

シャリアは動力部にいるようだ。そして梶原が座る席の2、3メートル後方にはソファがあり、一人コーヒーを注ぎながら鼻唄を歌っているのは咲子である。これから死地に赴く態度とはとても思えないほどリラックスしている。

艦長は一番高い所にある自分の定位置から微動だにしない。その肩書きを表しているかのように、彼の帽子には光り輝くエンブレムが縫いこまれていた。

「桜庭副長〜?」

咲子がソファにもたれかかってくつろぎながら呼んだ。

「どうかしました?」

青い制服に包まれた桜庭副長が奥の自動ドアから現れた。

「いや、ちょっとね。またあの海域に向かうことになるなんてねえって、思って」
「あら、不安ですか?」
「ん〜不安は……正直あるよ。着くまでに何回か、ピンチになるだろうし。でも、あのときに仲間を死なせてしまったじゃない。今度こそは、全員絶対に生きて帰りたいよねえ」
「おいおい、出航する前から弱気になるなよ」

梶原のセリフが割り込んだ。咲子は彼女なりに悲しみを上手く隠した。そのセリフを言った時も、彼女は何事もなくコーヒーをすすっていた。

「戦いというのは、一方が死ななければならない。死ななかった方が生き延びれる。だから、なんとしても、勝たなければならない、ですね」
「カッコいいですよ、桜庭副長」

咲子は少し微笑んで、コーヒーカップをゆっくりテーブルに置いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


満月と呼ぶには少し歪つな月が浮かんでいる。
私はそれを窓から見上げた。
これからハレンと、如月と、ネルと、そして悠と、決戦の地へ赴く。

私は絶対に生き延びる。
もちろん他の皆も。
死闘の場へ向かう前に、こうして物思いにふけってしまうのは、私のいつもの癖だ。

私が戦場へ行くとき

怖い

という感情は必ず現れる。負けは許されない。
負けが決まったとき、人は死ぬのだから。


だから私はいつも、その恐怖を前に出さない。常に冷静で、気丈な態度をとるようにしている。
恐怖が前に出たとき、体も脳も動かなくなる、そうなった者から順々に命を落とす。そういう世界なのだ。

「もう時間みたいだよ?」「……そう」


私は振り向いて悠の姿を見た。

「手が震えてるわ」
「え……ま、まあっね……正直怖いし」
「この程度で怖いとか言っててどうするのよ。情けない」
「そんなこと言われても……清奈は、平気なのか?」「……ええ」

私は敢えて悠の顔を見ないように背を向けた。

「じゃあ、悠。そろそろ戦艦に……」

ズズズズ……ン……!






「……?」

気配を感じた。
特有の頭痛がする。
悠が頭を押さえているところを見ると、悠も気づいているようだ。

「清奈、今のは」
「爆発音ね。 なぜ今になって……」

決まってる。
私は

「フェルミ、バトルモード移行開始」
《む……了解した》

私は剣に変形したフェルミを握り、乱れたマントを伸ばした。

「まさかこれって!」
「そのまさかよ。船に向かうわ!!」


気配を辿ると、その方向は戦艦がある方向と同じ。
つまりは、奇襲。
無きにしもあらずとは考えていたが、大胆不敵にも相手は省内に乗り込んできたのだ。先日とは違い、気配の数は一つしか……。

「今すぐ討つわ。悠は他の人達の無事を確認して。相手はそれほど上級なネブラじゃないから私一人で何とかできる」
「分かった!」


私は悠とは逆方向に走り出した。気配を察する限り、相手は低級レベルに毛が映えた程度。この程度のネブラなら、倒すことは容易。それに、出航までに敵は消せるだけ消せば良いに決まっている。

私は再び爆発音が遠くから聞こえてきたのを耳にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆

僕が戦艦の乗込口に着くと、既にハレンと如月君とネルがいた。

「まずいことになっちゃったな」

僕が言うとまず先に口を開いたのは如月君だ。

「もっともだ。準備段階を待たずして攻めてくるとは姑息な手を使う連中だな。ネブラ、というものたちは」

再び爆発音が響く。
先ほど聞いたものより確かに大きく、近づいてきていることがはっきり分かる。
「先輩はまだ来ていないんですか?」
《じきセイナもここへ来ます。それまでには……》

また爆発音だ。

「君たち!」

戦艦の出入口から現れたのは、先ほど紹介された桜庭という女の人だ。

「船に乗り込んで!」

少し焦りの色を見せているようだった。
僕達はそのまま船に乗り込む。

しかし僕達はまだ知らされていない。
その船には重大な問題を抱えていたということを。

そして、まだ清奈は現れていない。

「……」

◇◆◇◆◇◆◇◆

《敵はかなり近いぞ》
「分かってる。ここから敵の姿は特定できる?」
《ナイト型と推測される。力だけに特化したネブラだ。貴様の得意分野だろう》「ええ、そうね」

あちこちに黒煙がたちこめている。爆発の中心はもうまもなくと言った所だ。

十字路に突き当たった。
左を向いた途端、

その方向へ向かうゲートが閉じられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「敵影、戦艦停泊方向に急接近!」
「7番と42番ゲートを封鎖し、通路を絶て」
「駄目です。すぐに破壊され……」

異様に大きな陰が目の前のディスプレイに映しだされている。

「セキュリティ機能ごと一斉に破壊しつくすとはな」「如月大臣……」
「うろたえるな。奴の狙いは戦艦だ。技術部に繋いでくれ」
「はっ!」

如月慶喜の近くにいた一人がコントロールパネルを操作する。
慶喜はインカムを手にし装着した。

「私だ。燃料供給の残量はいくらだ、シャリア」
「まだ42%しか……」
「急ピッチで進めてくれ。ギリギリまでこちらが時間を持たせる」

ドドドドド……!!

地震が起きたかのように管制室が揺れる。

セキュリティ機能を停止させられた今、ネブラを止めるのは通路封鎖、そして直接戦闘するしか残されていない。

慶喜は理解していた。恐らく抵抗も10分ほどしか持たない。それでは燃料が最高でも片道分、道中の酷な天候を考えると最悪到着すらままならないという現実に。

再び地震が起こる。



「了解しました」
「あと一つだけいいか、シャリア……」
「どうしましたか?」










「息子を頼む」





「え……?」

その瞬間

バチッという音と共に全てのディスプレイが消滅、インカムからも砂嵐の音しか響かない。

「全システムダウン!」
「主要電線がやられたか……!」

省内が、全て黒く染まった瞬間だった。




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