第41章


[88] 


 目眩ましにしかならないと踏んでいた霧の思わぬ効力の片鱗を目の当たりにし、困惑するあっしを余所に、
機会を狙い澄ましたかのように糸の膜の内側で微かに青い光が瞬く。あっしは咄嗟に気付き、
身を離して地面に伏せた。束なった電流が膜を貫いて上方に飛び出し、燻ぶる風穴から青白い残光を
纏った腕がぬっと突き出る。糸の膜は蠢きながらボロボロと剥がれ落ちていき、青い光の筋が迸る体が
次第に露になっていく。薄闇の中、獣の唸りのような帯電音を産声代わりに這い出してくる様は、
悪魔が繭から生まれてくるのだとしたらきっとこんな風なんだろうと想像する程に、畏怖を抱かせた。
「これは、黒い霧……。おかげで少しばかり抜け出るのが楽になった。君がやったのかい、ヤミカラス?」
 脱げ落ちた糸の残骸の上で、帯電に反発して浮いているマフラーの裾を翼のように揺らめかせながら、
マフラー野郎はあっしの方を見て言った。この霧の中だというのに、気配でも読んでいるかのような
的確な振り向き方に、あっしは「ああ」と呻くように頷いてから、ごくりと息を呑んだ。と、同時に、
あっしから漏れ続けていた黒い霧もぴたりと治まり、視界が徐々に晴れていく。
「何にせよ、助けられたよ。もう一匹居た事に気付ず不覚を取るなんて、俺も衰えたかな。だが、
もう油断も容赦もしないさ」
 言いながら、マフラー野郎は蜘蛛達を見据える。
 蜘蛛達も抜け出たマフラー野郎に気付き、再び念力の呪縛にかけようとアリアドスの一匹が目に光を宿す。
しかし、その力が発揮されるよりも早く、アリアドスの体を閃く電光が駆け抜け、身構える間もなく間髪いれず
にもう一匹にも電流が襲い掛かる。電流による痙攣が収まると、アリアドス達は煙を吹きながら仰向けに
引っ繰り返り、足を丸めて気絶した。


[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.