第41章


[71]


 そもそも、こいつらを逃がし、ヘルガー共と戦い、アジトからデパートでの逃走劇に至るまで、
危機続きで一度も心身ともに休めるような暇はなかった。とっくに限界が来ていたっておかしくねえ。
「が、頑張れ! 駄目だ駄目だ駄目だ、諦めちゃ。ここまで出来た君ならまだまだやれるって!」
 いつになく慌てふためいてマフラー野郎は捲くし立てるようにあっしを励ましてくる。
――いつもどこか自信たっぷりにスカしていたあいつがあんなにも泡を食ってやがったのは、
後にも先にもあの時くらいだったかもな。
「そ……そうだよ! 男だろ、しっかりしな! せめて、もう一踏ん張り、どこかに不時着しとくれ!」
 同じくあたふたした様子のニャルマーが続く。チビのやつも周りのただならぬ気配に飛び起きた。
だが、いくらぎゃーぎゃー騒がれたところで、例えガマ口財布のごとくひっくり返されて揺すられたって、
出せないものは出せない、無いものは無い。出るのは精々、オンボロ小屋に吹き込む隙間風みてえな
絶え絶えの息だけだ。みるみる内に高度は下がっていき、徐々に意識も薄らいでいく。
「駄目か、クソッ――」
 マフラー野郎が何やらごそごそとマフラーを探りだす。その間にもぐんぐんと地上の森は迫り、
あっしの意識も一気に真っ暗闇へと沈んでいった。

 ――あっしはどうなっちまったのか。まるで逆吊りにされているみてえに、頭ん中がふらふらと揺れている。
ああ……あの世ってのは地獄も極楽も無く、案外こんなもんなのかもしれねえ。
きっと、抜けちまった魂は干物か洗濯物みてえに前の記憶が乾いて無くなるまで吊るされて、
乾ききったらまた別の新しい体にぶち込まれるのさ。今度生まれる時ゃもうちっとマシな生き方をしてえもんだぜ。
 不意に鼻っ面をカサカサとした感触がくすぐる。死神さんが魂の乾き具合ってやつを確かめにきたに違いねえ。
生憎、こっちは吊るされたてのホヤホヤだ。意識もしっかりと残ってるし、生まれ変わるには早すぎるだろう。
今わの際までドタバタさせられてあっしもいささか疲れてんだ、もう少し静かに休ませておくんなせえよ。
それでも尚、カサカサとした感触は執拗に鼻先をさすってくる。しつこい奴だ、さすがのあっしも段々と苛立ってくる。
と同時に、鼻のむずむずが堪え切れない程に一気に押し寄せてきた。



[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.