side story
[03]太古の歴史B
夜間の哨戒活動は基本的に十人程度の小隊規模で行われる。
そしてここにゼクスを副隊長とする第二哨戒隊がいた。
「哨戒だからと言って気を抜くなよ」
「分かってますよ、クレハ隊長」
ゼクスは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
クレハと呼ばれた女性は「口だけは達者だな」とさらに歩を進める。
紅の鉄鬼(てっき)と呼ばれる彼女は、美人なわりに引き締まった身体で夜間哨戒の一部隊長を務めるやり手の人物だ。
それゆえに人気があるのだが、あまり快く思っていないという。本人曰く自由にやりたい事ができないからだそうだ。
「そういえば、ブラマンシュ一族のあの娘……確かセフィリアと言ったか? そいつと関係を持ったそうだな」
途端ゼクスは激しく咳き込んだ。
「ゲホッゴホッ! た、隊長、何をいきなり………!」
「ん? 顔が赤いようだが?」
「っ……!」
真顔のクレハに対してゼクスは唐突過ぎる指摘にかなりの焦りを見せ、恥ずかしさのあまり血が沸騰したような感覚に陥った。
よく見れば他の隊員達は笑いを堪えるように顔を伏せている。
そこへクレハのさらなる追い討ちがかかった。
「ところでお前は関係と聞いて何を想像したんだ?」
「や、想像って……それは、まあ、夜のあれと言いますかなんと言いますか………ゴニョゴニョ」
段々ゼクスの声が小さくなるにつれてクレハの顔が歪んでいく。
そこで彼はやっと気がついた。これが引っ掛けであることに。
はっとしてクレハの顔を見ると、物凄い意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ほほぉ。意外とお前もしっぽりとしているんだな」
「ク、クレハ隊長!」
「どうした? そんなに飢えているのならこの私がその雄々しい猛者を慰めてやろうか?」
「い、いえ! それは残念ですが遠慮し――!」
ゼクスの言葉はそこで途切れた。
多くの隊員達が目を丸くしている中で、クレハがゼクスに口づけをしたのだ。
それは十秒程度の短いものだったがゼクスには一分以上に感じた。
クレハはゆっくりと顔を離すと、
「これは祝福だ。おめでとう、ヴェリシル・ゼクシード」
「いや、あの………!」
ゼクスはこの唐突すぎる展開についていけないようでかなり戸惑っているようだった。
クレハは静かな笑みを浮かべ、隊員達は彼への祝いの気持ちと嫉妬で複雑な顔をして無理に喜んでいる。
ここまで騒がしく夜間の哨戒活動をするというのは問題があるのだろうが、彼らからしてみればこの光景こそが希望として思い描く普通の日々の一コマなのだろう。
戦いに明け暮れ、しまいには家族や友人をなくし、果てには自身の死が待っている。
ゼクスはクレハの笑みが気になっていた。
隊員達と似たように喜んでいる雰囲気はあった。しかしどこか寂しげな様子だった。
数年前、第二次聖都攻防戦の際に彼女は最愛の夫を亡くしている。それ以来色恋沙汰には関心がないと本人は軽く笑いながら言っていた。
それなのに、なぜあのような行為に踏み切り悲しい笑みを浮かべたのか。
「ゼクシード、決して悲しませるような事はするなよ」
「クレハ隊長………」
「一度燃え尽きたこの想い、まさか再び燃え上がるとは思ってもいなかった…………」
クレハは月を見上げて穏やかに微笑んだ。
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