本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[35]chapter:9-4
「君は何故、ユスティティアになるんだ?」
外へ出て、扉が閉まると同時に、エドワードは唐突に話し出した。
ヴァンは虚をつかれてしまい、応えに戸惑ってしまった。
「え..えっと...僕は...」
「反物質に触れるところを見受けられ、奴らに流されたのか?」
「そ..そんなことは...!」
ヴァンは気づかずに声を荒げてしまった。
ヴァンは心を落ち着かせ、頭の中を整理し、再び話し始めた。
「僕に..力がなかったから...」
「………」
「友達が...一人...死んだんです...兄さんのせいで...僕の兄さんの禁忌のせいでビルは死んだんです...ラルさんは僕のせいじゃないって言ってくれたけど...
それでも、何故か悔しくて...哀しくて...
もう..こんな思い...誰にもして欲しくない...
だから、
僕は強くなりたい...
僕は反物質、『タブー』に触れるんです...だから..だから...」
ヴァンは握り拳に力を入れた。
あの日の思いが蘇り、頭にフラッシュバックされる。
エドワードは強い眼差しでヴァンを見つめた。
「力だけじゃ、救えないことがある...」
「え...?」
ヴァンは顔を上げ、エドワードを見た。
そこには今までの威厳のあるエドワードの顔はなかった。何かに怯えている。そんな顔。
「エドワード...准将?」
「...!..准将と..呼ぶな...!」
エドワードは今度は憤怒のこもったような顔をあらわした。
ヴァンは不思議に思った。
何故ここまで『准将』という名を嫌うのだろうか?
最初からだ。ラルが『准将』と呼ぶと、何故かいつも呼ぶなと訂正する。
もう『准将』じゃないからか?
いや違う。
ヴァンはそう思った。
エドワードが訂正する時の声には、何か奥底に潜んでいるような感じがあった。悲しみ、怒り、それは分からない。
ヴァンは思い切って聞いてみた。
「エドワード...さん。なんでそんなに『准将』と呼ばれるのを嫌うんですか...?」
「..!..それは...」
エドワードは口を噤んだ。体が震えている。
「私は..自ら国軍を止めたのだ...なんでか分かるか?」
「い...いえ...」
短い沈黙の後、エドワードはゆっくりと口を開いた。
「...国軍に...妻を殺されたからだ...」
『話とはなんです?ヴォルフ元帥』
『エド、お前も将官になった。そろそろ話そうかと思ってな』
『……?何をです?』
「妻を...殺された...?」
エドワードは声をふるわせながらも、はっきりとそう言った。
「あの..家にあった写真の女の人ですか?」
「...そうだ...オリヴィエ=ウィリアムズ...マリーの母親...そして私の妻だ...」
ヴァンは頭の中が混乱した。
国軍に殺された?
マリーの母親が?
何故?
国軍は国の治安維持のためにあるのに?
ヴァンはエドワードに疑問をぶつけた。
「な、何故、国軍が...?ユスティティアがですか?それともアーミィがですか?」
エドワードは答えない。
ヴァンに背を向け、立ちつくしたままだ。
ヴァンはもどかしくなる。
先ほどのラルとの会話で聞いた『あのこと』も気になる。もしかしたらそれも関係しているのだろうか。
「『ユスティティア』とは『正義』の意をさす」
「はい?」
エドワードは背を向けたまま突然話し始めた。
「君は『ユスティティア』の成り立ちを知っているか?」
ヴァンは返事をする時、顔で頷くか、横をふるかで表していたが、エドワードが背を向けているので「いえ」と返事をした。
少しの間を開け、エドワードはまた話し始めた。
「ユスティティアは最初たった二人組の旅人でしかなかった。その二人はある不思議な力を宿していて、訪れる村々の困りごとを助けてまわった。
そしてその二人にはある血が流れていた」
ヴァンはピンと気づいた。
「現のユスティティアのトップに君臨する大将二人。彼等がユスティティアの創設者だ。
彼等は人の踏み入れてはならない領域、禁忌を防ぐべく戦っていた。
だが二人では世界中の禁忌を防ぐことは到底適わない。
彼らはユスティティアを大きな組織へとするためにある大きな団体との結合をはかったんだ」
「それが...」
「そう、それが『国家』だ」
色んなものがヴァンの中で繋がっていった。
『ユスティティア』と『アーミィ』という、国軍の中で二つに分けられた存在。
ユスティティアが極わずかな理由。
しかし、ヴァンはまだ解らないことがある。
それは、エドワードの奥さんが国軍に殺された理由だ。
「何故そんな話をするのか?そんな顔だな?」
エドワードはいつの間にかヴァンの方へと向き直っていた。ヴァンは今度は頷いて返事をした。
「ユスティティアの二人の不思議な力。何だか分かるか?」
ヴァンは考えた。二人が持っていた不思議な力。それは一つしかない。
「は..反物質(タブー)に触れること...?」
間違ってたら嫌なのでヴァンは自信なく答えたが、エドワードが「そうだ」と言ってくれたので安心した。
「反物質に触れる人間は少ない。なんせ千万人にに一人いるかいないかと言われてるくらいだ」
いまいち、自分の力に凄さを実感できないヴァンであったが、今のエドワードの言葉を聞いて、タブーに触れることがどれだけ稀少な存在なのかを実感した。
「そんな存在を世界中から捜すなど、二人じゃ無理に決まっている。反物質という物質は不思議な力がある。その力無くして禁忌は防げない。
もっとも『アーミィ』だった私には実感が湧かないがな」
触れる当人も実感が湧かないのだ。触れない人間が分かるはずもない。
ヴァンはそう思った。
それと同時にエドワードが『アーミィ』であったことを思い出した。
――そういえばラルさんの最初の紹介でも『アーミィの准将』って言ってたな……
エドワードは続けた。
「反物質に触れる人間は少ない。ユスティティアは二人しかいない。それなのに世界に禁忌はごまんと溢れている」
ごまんと溢れているというが、ヴァンだって禁忌という存在をつい最近まで知らなかった。
『冥界』、『悪魔』という存在にだってまだ実感が湧かない。
本当に禁忌は世界に溢れているのだろうか。
故郷のカルナ村の市場で『悪魔』が売られているところなど見たことがない。
カルナ村があまりにも田舎だからだろうか。
大都市に行けば、当たり前のように『悪魔』がセール割引で売り出されていたり、ツアーイベントに『冥界行き』などがあったりするのだろうか。
そんなバカな。
もうこれじゃ『冥界行き』ではなく『冥界逝き』だ。
ヴァンの考えをよそにエドワードは話しを続けた。
「ユスティティアになれる隊員を捜し出すためには大きな組織がいる。そのためにガラン大将とシェオール大将は国軍との交渉を考えたのだ」
「それで今の形に?」
「ああ。だが色々問題もあったさ。なんせ国家最大の組織が名も知らない若い二人組との結合をはかるなど前代未聞だからな。しかも理由を聞けば訳の解らない『禁忌』を防ぐためだと言う。
そんな交渉が上手くいく訳がない」
「そ、それではどうやって...?」
エドワードはそこでまた口を閉ざしてしまった。
しかし、今度は少し間を置いただけで話し始めた。
「ユスティティアは国軍にとんでもない『契約』をしちまったのさ...結合を許してもらい、『ユスティティア』という名を国軍に預けると共にな...」
「け..契約...?」
「...ユスティティアとアーミィの将官クラスしか知ることを許されない国軍最大の機密事項だ...君もいつか知らされるだろう」
ヴァンはふと思った。その『契約』が、『あのこと』なのだろうか。
「私は...ある日その『契約』を知った。...とんでもない...契約だ...!」
エドワードの声に覇気がこもる。
「私は抗議した...そんな契約は撤廃すべきだと...だが上は耳を傾けなかった...それでも私は抗議し続けた...そして...」
ヴァンはこのあとエドワードが何を言うのかが予想できた。
「私の妻は...オリヴィエは...理不尽な異端審問にかけられ...死刑にされた...そして...あろうことか...」
エドワードは目を閉じ、手をふるわせながら口を開いた。
「私が国軍本部にいる間に、家に夜襲を受け...マリーは両足を奪われたんだ...」
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