暴走堕天使エンジェルキャリアー


[48]初風鼎


目覚めるとそこには、見知らぬ白い天井があった。自分が今どんな状況にあるか、それを探るために寝返りをうち、上体を起こす。
だが部屋を見回してみても状況が解らない。頭にわずかな痛みを感じ、右手をあてがう。
すると部屋の扉が開き、三人の男が入ってきた。両脇の男は小脇に短機関銃を携えた見知らぬ男。そして真ん中には、若い見知った男―山本がいた。
「目覚めたかね、煤原一尉。」
「山本司令…ここはどこですか?」
九十九は短機関銃を携えた男を、とりあえず無視することにした。
「君は先の戦闘で負傷してね。ここは軍の医療施設だよ。」
「そうですか。それで、その物騒な人達は?」
山本は答えない。そしてそのまま九十九の横に座る。
「初風鼎、覚えているかな?」
九十九は山本の言葉に驚きを隠せなかった。上司ではあるが、ほとんど交流の無い男から、まさあかその名前が出るとは夢にも思っていなかったからだ。
「なんでシスター…その名前を?」
九十九は山本の目を射抜く。だが山本はたじろぐことなく薄らと笑みを浮かべる。
「会いたいかね?」
九十九には言葉の意味が解らなかった。山本は表情から九十九の心情を見透かし、立ち上がる。
「着いてきたまえ。」

山本の後に着いてエレベーターに乗る。何階か下ったところで、不意に山本が口を開く。
「BEASTの存在を君はどう考える?」
「…」
「君には解る筈なんだがね。BEASTの胎内で初風鼎の声を聞いた筈だ。」
九十九は答えない。
「Beaming Easter of Angel's STabber…天使の暗殺者という意味なんだが。BEASTがエンジェルキャリアーを倒す。するとそこにキリストの魂が復活する。そして世界は再生され、新たな秩序が生まれる。その時に世界を征するのがこの国。つまり日本が世界を手に入れる、ということだ。これが帰教院という老害達の計画だった。」
「何の話ですか?それがシスターと何の関係があるんです?」
九十九の言葉を山本が左手を挙げて制する。
「まあ聞きたまえ。―BEASTが求めたものはキリストの魂ではなく、初風鼎の魂だ。だから君はBEASTの胎内で、初風鼎の声を聞いた。つまり―」
エレベーターが止まる。降り立った先には、水族館の水槽のようなものが部屋の中央に、高く天井まで続いていた。
そしてその水槽の中に、人影のようなものが見えた。山本はその水槽の前に立ち、大仰に腕を仰いで振り返る。
「紹介しよう。初風鼎だ。」
九十九は水槽に浮かぶ人影に目をやる。確かにそこには人がいる。だが九十九の記憶にあるシスターより二周りは若く見えた。
「違う。シスターはこんなんじゃ―」
九十九は山本に向き返り叫ぶ。
「九十九ちゃん…」
聞き覚えのある声に名を呼ばれ、九十九は驚き振り返る。
「九十九ちゃん…私よ…」
「まさか…本当に?」
「本物だよ。」
山本が九十九の肩を叩く。
「だがまだ完全ではない。あと少し、天使の魂が必要なのだよ。」
山本がパチンと指を鳴らす。すると壁一面に、短機関銃を突きつけられ連行される小笠原達の姿が映された。
九十九は眉間に皺を寄せ、山本に向き返る。
「なんのつもりです…?」
「わかっているだろう?魂の生贄だよ。」
九十九は拳を握り、険しい顔で山本の目を射抜く。
「そんなことは…」
「九十九ちゃん…」
鼎がか細い声を振り絞る。
「苦しいの…助けて、九十九ちゃん…」
振り向いた九十九の表情が歪み、膝から崩れ落ちる。焦点の定まらない瞳は床を見つめている。
「簡単なことだよ。一上司…他人とシスター、どちらが大切なのか、ね。」
山本が追い討ちをかける。
「九十九ちゃん…お願い…あの人達の…魂を…」
「違う…」
九十九がふらつく脚を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「シスターは…他人を犠牲にするようなことは言わない…」
「何を言うの…?九十九ちゃん…私はあなたの…」
「違う!あんたはシスターじゃない!」
九十九の叫び声が響く。残響が消えた頃、山本が懐から拳銃を取り出し、銃口を九十九に向ける。
「君なら合意してくれると思ったんだが…失望したよ。」
山本は撃鉄を起こす。そしてゆっくりと引き金を引く。

ドゴン。

室内に轟音が響き、粉塵が舞い上がる。山本が目を開けると、目の前に大きな白い手―ガブリエルの手があった。
山本が放った銃弾は、ガブリエルによって防がれた。九十九はその身を白く輝かせながら宙に浮く。
「あんたは間違ってる。俺が修正してやる!」

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