side story


[40]時を渡るセレナーデ -34-




◇◆◇◆◇◆◇◆

ハレンはいつの間にか失われた意識を取り戻した。まるでうたた寝をしていたかのように、気を失う直後の記憶が無い。そして、今だ瞳が重く目が開けられない。
微かに残っているのは、自分と一緒に乗っていたはずの悠が、港に打ち上げられたDSDの中にいなかったこと。衝撃で扉が開き悠だけが外に放りだされたのだと信じて、最悪の事実に怯えながら島の探索をしていたこと。探索していたはずなのだが……その後の記憶が無い。本のページが抜け落ちたように、何の手がかりもなく抹消されている。誰かが脳にメスを入れたのだろうか。そう思うぐらい不自然に記憶を失っていた。

ようやく瞳を開けたが、そこは室内だとすぐに気づいた。虚しいほどしかない力の電灯がユラユラ揺れ、綿埃が照らされて頼りなく浮かんでいるのが見える。

だが、ハレンは目の前の光景を見て直ちに今の状況を悟った。

鉄檻の中である。

「ここって……。ねえ、ステラ、あれ?」

ハレンはあちこちのポケットを探り、辺りの地面を手で探るが見つからない。
自分をリードしてくれる無口な妖精の存在が、無い。

「そん、な」

ここに閉じ籠められた時に奪われた。そう結論したのはすぐのことだった。
タイムトーキーを奪われた以上、うねる風を意のまま操れるハレンも、普通の人間と何が違うだろう。
戦うことも、ここから脱することも、仲間に信号を発することもできない。


ハレンは柵を一本ずつ叩いて緩んでいる物が無いか確認するが、やはり無駄だと分かった。
薄暗い空間に、ハレンの手は意味もなく惑う。背中にも嫌な汗が徐々に流れ始めたことも感じとった。
臆病な彼女が恐怖に身を震わせるには十分な状況だろう。

「どうしよう……」

ハレンは恐怖を紛らわすために、気を失う直後のことを、糸をたぐりよせるように思い出そうとしていた。そこに、もしかしたら、ここを抜け出すヒントがあるかもしれない、と思って。必死に頭を凝らし、恐れの感覚を打ち消そうとしながら。

◇◆◇◆◇◆◇◆

ハレンを捕えた者は、その檻から意外と近い距離にいた。
ハレンが捕われた檻がある長い廊は、地面の洞穴を改造したような所で、ハレンのいる場所から左へ50メートル進み、鉄の扉を横に開くとすぐに外界なのであった。

その扉の前に立つのは、全身真っ黒で、ボヤけた姿の槍兵だった。ランス型のネブラが2体、微動だにしない。

一人の男が、その入り口から数メートル離れた岩の上に立っていた。

左目が蒼く、右目が紅く、その紅が重なりあうような色の宝石を右手に持っていた。
その宝石から溢れでる力は、霧に似た違和感を思わせる。

《ここが噂の……。風も温度も伝わらないけど、沢山の人がいることは分かるよ》
「本当にここにあるのでしょうか?」

男は口を開いた。

《うん。ははは、まあ、たまに情けないミスを侵すボクだから信用できないかもしれないけどね》

紅い宝石から、若く、どこか冷たさが残る声がした。

「とんでもありません。貴方がそのような謙遜めいたことをおっしゃらなくても」
《いやいや、指導者としても戦士としてもまだまだな存在だよ。策の巧さは、もう一つの勢力の人達のほうが一枚上手だと思うしさ》「あの勢力はどうなさる所存でしょうか」
《退却してくれるみたいだけど、そのまま消え去るとは思えないなあ。先に倒したいところだけど》
「まずは、時渡りから……でしょうか」
《いや、サラザール。少し試してみたいことがあるんだ。たしか、トーキーを手にしたんだよね?》
「ええ、こちらに」

男は懐から取り出したもの。
少し青みがかった濃い灰色の石、そしてそれを繋ぐ美しい水色のストリング。


《さすがにあの子のものでは無いね》
「じき、手に入れて見せますとも」
《いやいや、甘く見ないほうがいいよ。今まであの子を葬ろうと幾数もの同胞が奮起し、散っていったか……》
「あの戦姫の力は私も十分に承知しております。それを踏まえ、私は申しているのです」
《あはははは。それは心強い。ボクは見ることしかないけれど、精一杯応援させてもらうよ》
「ありがたきお言葉……」

サラザールは、そのタイムトーキーを紅い宝石に近づけた。

《どうもすまないね。それじゃ……》

その時、紅い宝石が急に激しく輝いた。それは、真っ直ぐ延びた光線が曇天を突き通すかと思われた。
シヅキと名乗る、その宝石に込められた男が何かの力を行使したのだろう。
それは、端的に言えば。


《初めまして。君は確か……ステラ、だったね?》

このステラと、心を一時的ながら繋ぐということだ。

光が止んだ。
同時にシヅキは、まるでステラに話しかけるように声を発した。

ステラは口を開かない。

《あれ? 失敗したのかな。ちゃんとボクの声は聞こえていると思うけれど》

数秒の間を挟み、彼は小さく呟く。

『……聞こえてる』

シヅキは、馴れ馴れしく笑いを交えながら続けた。

《やだなあ。そんなに緊張しなくても構わないんだよ? ボクは危害を加えたりしないし、そもそもここから出られないんだから》
『目的は何?』
《焦らない焦らない。旧友と談笑するように肩の力を抜いてほしいな》

シヅキは咳払いをした後、ステラの望むように本題を述べ始めた。

《君達タイムトラベラーとそのトーキー達は、遥か昔からネブラと対立してきたよね?》

確認する余地も無い、至極当然のことを言う。サラザールは動かず、まだ岩の上にジッと立っていた。

《しかしねえ。今の状況はキミも、キミの契約者も、そしてあの子やあの子のボーイフレンドだって分かっているよね。闇の軍団と呼ばれる第三勢力の存在さ》

ステラは普段の彼通り、口を閉ざしていた。

《そして彼らは、キミ達タイムトラベラーとボク達ネブラが交戦することを望んでいるみたいなんだよ。きっと、後でキューブを横取りするんだろうね。はははは》

何が可笑しいのか、シヅキは笑いを時々漏らしながらステラに淡々と語りかける。

《そこでだね……ボク達ネブラとキミ達タイムトラベラーとで、同盟を結びたいかなあと思っているんだ》『……!』

ステラは、シヅキに対する警戒の念を強めた。
サラザールも意外な言葉に、少し驚いたようだ。


《悪い話では無いと思うけれど。だって今キミ達と戦ったって、勝った方は別勢力との戦いを強いられるんだよ? 悪戯に疲弊を重ねた後に猫を追い回すのはお互い願い下げだろう?》

シヅキは一通り話したいことを述べ終わったらしく、一息ついた。

《さて、今はキミしかいないわけだけど、ステラは賛成してくれるよね?》


無口で、ハレンと同じように気弱な妖精、ステラ。
彼は、強く案を押し付けられれば断ることができない。そのことは、シヅキの計算に含まれていた。
自己主張の力に乏しいのだ。
しかし
彼は負けない。


『いやだ』

彼はいつも通りのトーンで、ただ一言そうはねのけた。

《ふう、せっかくボクが長々と話したのに、一言で断られるなんて残念だよ。でもねえステラ》
『なに』
《実はねえ、いや、もう分かっているかな? 君の契約者をこちらで身柄を確保しているんだよ。だから、まあ、人聞き悪く言えば人質をとっているわけなんだけど……》
『……!!』
《いやいや! これは強制はしないよ? ハレンの事は気にかけずに、決断を下してくれ。単にハレンがキミを手にしたらボク達を襲うだろうから、念を入れたつもりさ。まあ【ボクは】ハレンをどうこうするつもりは無いからね》
『……ハレンを解放して。でなければ……』
《うーん。困ったなあ》

シヅキは露骨に困ったような声をあげた。

「シヅキ様。この妖精は恐らく強行手段に出なければ首を縦には振らないでしょう」
《そう? ボクとしてはいやなんだけど……》
『やめて』

ステラは必死だった。いかにしてハレンを助け、ここから逃げ出せるか。だが、彼はパルスのような聡明さを持てる自信も無く、フェルミのような威厳を持てる自信も無い。

トーキーの中でも落ちこぼれと言われている彼が、いったい何をするべきか考えを巡らしていた。

悠や清奈に信号を送る。

しかしこの手は使えない。タイムトーキーは魔力の固まりに過ぎず、それを行使する契約者の存在が無ければならない。契約者のポテンシャルが必要となるのだ。
例えるならば、契約者が銃だとすればトーキーは弾丸。
契約者と同体で無ければ、トーキーも同じく無力なのだ。もともとタイムトラベラーだったシヅキはそれを知っていたのだろう。

答えは見えない。

「やむをえない。あの時渡りを斬るか、絞首するか、とにかく命を奪い取る」
『それだけはダメ!』
「ならば、シヅキ様の意見に賛同したまえ」

ステラにも何となく分かることがある。明らかこのシヅキと名乗る紅い宝石は何かを企んでいる。
そもそも、タイムトーキーとしてその提案を認める訳にはいかない。
にもかかわらず、ステラは心が揺れていた。

率直に言ったならば、彼は優秀なトーキーではないのだろう。

たった一人の少女を切り捨てることができない無能なトーキー。

【その意味では】彼はあまりにも無価値な妖精……。

その時

「……誰だ」

何者かが森を駆け抜けている。枯れ葉を舞いあげて颯爽と何者かが近づいてきている。






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