side story


[42]時を渡るセレナーデ -36-




ネルフェニビアの作戦は上手くいったようだ。
ハレンをダシにしたので彼女は少し申し訳なく思ったが、得た結果は大きい。
ネブラの拠点は森の中だった。周囲は老いた大木に覆われ、上空を葉で覆い隠している。必然的にそこは陰でジメジメ湿っていた。いかにもネブラが住みかとしそうな場所だった。

まだその拠点まで25メートルほど離れている。しかも雑草のバリケードのせいで、物音無しに向こうに行くことはできないだろう。
そして拠点の近くだけあるからか、ネブラがすぐ前でうろついている。

「……ふう」

高まる鼓動を押さえるため、深呼吸した。
草が視界を隠しているから、ネブラは視認できる数以上なことは間違いない。

葉が擦れる音や土の匂いも今は気にならない。代わりに一際大きく聞こえるのは自分の呼吸音だ。
僅かに震える息を、もう一度深呼吸して整えた。



背中から流れる追い風。
それに乗るようにネルフェニビアは足を蹴った。

雑草に覆われた地を力強く颯爽する。
転がる細枝を蹴り飛ばす。ネルフェニビアは前だけを見た。

樹木のカーテンを抜け出し、ネブラがいる広場に足を踏み入れた。

目前には今まで見たことの無い数のネブラが密集していた。
気高い血を流す彼女は怯むことなく手を前に伸ばす。

前方にいる漆黒人形は、ネルフェニビアの手から繰り出された見えない波動に、大きく飛ばされた。

彼女の記憶が定かなら、ハレンを連れたネブラはこの先だ。ネブラの拠点が分かった以上、これ以上ハレンを危険に晒す必要は無い。

前方に確かに確認した。
ハレンは二匹のネブラに連れられ洞窟の中に入っていく。

距離にして30mほど。
ネルフェニビアはそのまま追い付こうとスピードを上げた。

だが今度は。

「あっ……!!」

ぬかるんだ地面から急に手が生えた。泥まみれの手が二本、ネルフェニビアの足首を掴んだ。

「くっ! 油断……」

そうこうしている間にハレンが更に奥へ行ってしまう。
冷たい手が掴む足首は一行に動きそうにない。
しかも

「やっ……! 離して!」

下に引っ張り地面の底へと埋めさせ始めたのだ。
飛び上がろうにも地面が緩んでいるせいで強く踏み込めない。
だんだん膝の辺りまで埋まる。
このままでは地の底に吸い込まれてしまう。

しかしネルフェニビアは平静を保った。パニックになってはネブラの思う壺だ。
いよいよ土が膝を越え始めた所で

ネルフェニビアは少し前にある、ぬかるんでいない地面に手を付いた。

その瞬間、倒立する要領で足を思いっきり振り上げた。
そのまま前に回転し、両足でしっかりと着地する。
その力が下に引っ張る力に勝ち、手首を掴んでいたネブラを逆に引き上げた。
泥水がゲル状になったような人間の出きそこないが現れる。気色の悪い存在だが、ネルフェニビアは躊躇いなく手から一筋の光線を飛ばした。

ネブラは飛び散り、黒い液体になって地面に染み込んでいった。


追わなければ。
そう思い体を大きく前に突き動かす。







ついに行き着いた。
目の前はは岩の崖になっていて道は無い。
崖に空いた歪つな半円状の穴、そしてその奥には錆色の鉄扉。二匹の鎧を纏ったネブラが微動だにせず立ち塞いでいる。

ハレンはこの扉の奥……。
ネルフェニビアは二匹を倒そうと新たに右手に術式を宿す。

走る速度を落とすことなく前進し続ける。

左足が前に出た。
背後に弱い違和感。
左足を蹴り右足を出す。
背後に強い嫌悪感。
右足を蹴り……。


足が脱力する。
そのまま前につまづいて倒れそうになるのを、しっかり左足を地に付ける。
後ろを見た。


奇妙だ。


あれほどの不快感を
こんな老紳士がかもしだしているなんて。

「違う……」
「ふむ。何が違おうか。いささか場違いだということに気づかぬかね? 道化の女子(おなご)よ」

やはり違う。
別のネブラがいる。
ここには、2体いる。


「あなたがネブラの首領ですね。どうやらもう一人いるようですが、ここで引き下がる訳にも行きません。ハレンちゃんを返してください!」
「ほう……もう一人」
《ふふふ……あっはっはっは!》

途端、さも愉快そうな笑い声がした。ネルフェニビアは、明らか老紳士の者ではない若い男の声をしかと耳にする。

《いやあ驚いたよ。タイムトラベラーでも無いのに僕の存在に気づくなんてねえ。その顔を見るとボクの声も聞こえてるみたいだね》「どこにいるんですか!?」
《ここにはいないよ。今はこのサラザールの手の中にいるんだけどね》

ネルフェニビアはサラザールと呼ばれた男の手に紅い宝石があることに気づいた。

ネブラのことはよく知らないが、あの宝石こそ、ネブラを作り出したもの……。そう結論づけるのはすぐだった。

それほどあの宝石からは妖しい気が感じられるのだ。

《それにしてもサラザール。あれほど可愛い女性を道化と呼ぶのは無粋だよ。幼さもあり、それでいて凛々しくもあり……あの子に並ぶ程の美貌じゃないか》

ネルフェニビアは照れるはずも無く、寧ろ、これは自分のことを舐めているのだろうかと疑う気持ちが増していく。こちらはいつ戦闘が起きてもいいように全神経を集中させているのに、目の前にいるだろう姿の無い男はまるで緊張感が無い。

「私を馬鹿にしないでください!!」

《おや。何か気に障ったかな。ボクとしてはそれなりに気を使っているつもりなのだけれど》
「……予定外だ。この者にアレを使うわけには行きませぬ。どうなされますか。シヅキ様」
《ああ、アレね。確かキミの【旅人殺し】は……》


何やら男と謎の若者が会話している。
戦闘するつもりが無いならば。

ネルフェニビアはすぐに後ろを向く。
そして門を守る二匹のネブラと対峙する。
ランス型のネブラは武器を構えた。
先端から滴り落ちる赤紫色の液体が目に写る。

「そこを退いてください」

ネルフェニビアは無駄だと理解していながらも目の前のネブラに問う。だが一行に槍を下ろす気配は無い。

ネルフェニビアは老紳士に背を向けた形になっている。その無防備な状態に、老紳士は全く動きを見せない。

《ハレンを救出に来たみたいだね。助けるのは結構だけど、タイムトラベラーではないキミがそのネブラを倒せるかな?》

やはり男は自分に対しまるで危機を感じていない。

ネルフェニビアは再びランスを握る両匹に目を向ける。

そのまま
右手を振り上げ二匹の間を直進する。





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