side story


[35]時を渡るセレナーデ -29-



「酸素濃度、異常なし」

「じゃあ全計器類問題なしですね」


 悠とハレンは狭い運転室で隣り合うように座席に座ってディスプレイを操作している。


『じゃあ残りは兵装の確認だけね』

『さっさと済ましてボウズの負担軽くしてやれ』


 シャリアは梶原の小言めいた軽口に思わず苦笑していた。
 清奈は逆に非難めいた不満をつぶやく。


『ネブラを詳しく知らない奴が単独で戦おうなんて無茶もいいところよ』

「まあそうだけどさ……。如月君にはきっと何か考えがあるんだよ」


 悠はなだめるような口調で諭すが、内心は複雑だった。




 こうやって不慣れな作業を時間をかけてできるのは彼のおかげだ。でも一人で戦う必要が本当にあるのだろうか。







 今のような切羽詰まった時に助け合うのが仲間のはずだと悠は思っている。




 如月は仲間をどう思っているのだろうか。こういった時に敵を倒す切り札と見て、自分を捨て石にしているんじゃないのかと思う。


「如月君……大丈夫なのかな…………」

「大丈夫ですよ。ね、ネルちゃん?」

『うん……。耀君ならきっと生きてる。ちゃんと約束したんだから』

『ふん。ここで死なれたら兵器奪還の作戦が崩れるわ。私たちを過大評価しても困るわね』


 未だその獣の耳が垂れたまま落ち込んでいるネルへの励ましだろうか。不器用にもほどがある、と悠は思わず頬が緩んでしまったらしい。


『悠、なにニヤニヤしてるのよ?』

「え? 何でもないよ」


 清奈のジト目に思わずたじろぐ悠。




 紆余曲折しながらネルを励ます清奈が可愛かったなどては、よもや口が裂けても言えまい。






 それを不審に思ったのか、さらに詰問が続けられる。


『嘘ね。……もしかして、また昨日のアレを…………』

「そんな妄想してないよ!」
『激しく否定するのは怪しいわね。あとでたたき切られたくなければ正直に言いなさい』

「うぅ…………」


 いつ正直に話しても結局強力な一撃が待っているのは目に見えている。



 悠は内心で震え上がりながら、それを表情には出さずに無実の訴えを繰り返していた。





 いつの間にかこの痴話喧嘩にハレンとネルが加わり、みんなが明るい顔で笑いながら(約一名は真っ赤になって怒っていたが)互いに緊張を紛らわしていた。





 その時警報が鳴り、操縦室は蛍光灯の明かりから赤色灯の明かりに切り替わる。
 一瞬でお喋りが止み、緊張の波が押し寄せて来た。


『一番艇を射出口へ移動。二番艇は射出準備』


 抑揚のない無機質な機械の音声が流れ、悠とハレンが乗る一番艇が射出口へと運ばれた。


『射出コンテナ内に注水を開始。超短距離リニアカタパルト、電力チャージ開始します』


 DSDの発進場所に到着すると、すぐに隔壁が封鎖され、海水が入り込む。


「いよいよですね」

「うん……」


 操縦桿を握る手が震え、悠は強く握り直す。




 外の様子は分からないが、如月が抑えているからいきなり攻撃されることはないはずだ。


『注水完了。射出口、開きます』


 目の前に浮かんでいるディスプレイに、ゆっくりと開いていく鋼鉄の扉が映し出されている。

 一番艇は射出用のレールに乗せられると、固定するための金具が次々と外されていった。




 最後にゴゥンと完全に鉄扉が開放される音がすると、展開された全長五十メートルほどのカタパルトのレールに沿って点々と照明がついた。


『発進シークエンス完了。加速時の衝撃に備えてください』


 カウントダウンが十秒から始まった。





 無性に緊張してしまうのは、秒読みのせいだろうか。悠は、ジエットコースターの最初の登りに近い感じがする。



 ハレンは慣れた表情をしていたが、悠は世界の真実に足を踏み入れてからまだ日は浅い。


『悠…………』

「大丈夫だよ、パルス」


 不安げなパルスに悠はなるべく明るい声で返事をした。

 互いの精神が同化している相棒には、それが自分を安心させようとしているのだとすぐに分かってしまう。





 それでも悠は努めて普段通りを装う。清奈だって怖いと思っている。きっとそうだ。

 だから――。


『カウント・ゼロ。発進』


 次の瞬間身体が座席に押しつけられ、見えない力で押し潰されそうな感覚に陥る。



 加速により重力が働いたのだ。





 息苦しくなり思わず息遣いが荒くなる。



 時間にすれば数秒程度だったのだろう。だが圧迫感はすぐには消えなかった。わずかな時間さえも長く感じられた。


『通常航行へ移行。自動操縦により目標地点へ向かいます』

 上陸する場所までの航路が示された海図がディスプレイに表示される。




 安全だと意味する蛍光灯の明かりに切り替わった。


 直後、悠は肺に溜め込んだ空気を吐き出すように安堵の息を漏らす。


「死ぬかと思った…………」

「ジェットコースターよりもドキドキしましたね」

「あはは……」


 嬉々としているハレンに、にこやかに言えるのは天然だからなのかと苦笑いをするしかない悠。





 この調子なら後続もすぐに来るはずだ。

 そう思って安心していた時、


『緊急事態発生。緊急事態発生。二番艇がNEBURAに攻撃されました』


 すぐさま照明が赤色に替わり、戦闘の映像が映し出される。



 そこには二番艇に近付く禍々しい半漁人、イビルの姿があった。

 だが二番艇からビーム砲による攻撃がなされ、イビルはいとも簡単に吹き飛んだ。



 ホッと息づく悠たち。





 しかし警報はまだ止まっていなかった。


『二時の方向より接近する生命体を確認。戦闘モードへ移行。第三船速で回避します』


 レーダー上に接近する点が映り、速度計はぐんぐん数値が上昇していく。
無意味だと分かっても思わず息を潜める悠たち。
 そんな事にはお構いなしに点はどんどん近付いていく。


「なあハレン」

「何です? 相沢君」


唐突に悠がハレンに話し掛けると、彼女はいたって普通の口調で返事をした。



 相手が落ち着いていると、自分を冷静になれるものなのだな、と悠は少し思い、ふと浮かんだ疑問を投げ掛けてみた。


「もしDSDが攻撃されたらどうなるんだろうね?」

「きっと吹き飛ぶんじゃないでしょうか?」

「……あはは…………」


 予想通り。それが悠の思った一言だ。


 天然だからこうも直接的な表現になってしまうのだろう。




 もう少し雰囲気というか状況というか、そういったものに敏感であるとありがたい。


 笑えない冗談が現実となっ




ては、ミイラ取りがミイラになるようなものだ。


「あ、でも障壁を作れば防げるはずですよ」


 悠の切実に近い願いが叶ったのか、慌てて付け足すようにハレンは説明した。

 その時、またも警報が鳴る。


『二時の方向より高エネルギー反応。回避行動を取ります。自動操縦から手動へと変更。回避後より手動が有効になります』

「えぇ!」

「相沢君、落ち着きましょう」


 とんでもない事を二つも言われてパニックに陥る悠。
 それに対してハレンはなるべく冷静な口調で悠に落ち着くよう語りかけた。


『そうです悠。ネブラの攻撃は回避できなくても私が防ぎます』

『僕達、タイムトーキーだから……』


 悠とハレンの相棒たちも既に準備はできていた。





 ごくり、と悠は生唾を飲み込む。そして操縦桿に両手をつけた。






「ハレン、ステラは砲撃を頼む。パルスは回避できない攻撃を防いでくれ」











[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.