side story
[29]時を渡るセレナーデ -23-
一辺の視界をも残さない粉塵が舞い上がる。
ただでさえ停電で薄暗いのに、瓦礫に埋もれてしまって周囲の確認も満足にできない。
「……っち」
だが、他の人間達……ネルや悠達3人の気配は無い。
孤立――
落下してきた瓦礫の隙間に運よく生き延びていた。
『左足に傷を負ったようだな』
危機も安堵も感じられない声で、アストラルが今の状況を口にした。
「……アストラル。出口はあるか」
如月はその傷にも関わらず、立ち上がった。
『数歩前方から風が流れている。悪運は強くて助かる、貴様はな』
褒め言葉なのか分からない台詞を放ったアストラル。如月は自分の手に、しっかりと握られたマグナムを確認し、ふと右を見る。
すると、本当に運が良かったのだろう、如月が先刻まで肩に提げていたショルダーバッグまで生き残っていた。
その中にある直方体で薄緑色のケースを開けると、中からは――黒く光る何かの部品が現れた。
中身も全て無事……
これで、今の状況を切り抜ける。
再び地面が揺れるものの、確固たる姿勢と態度を保つ如月は、慣れた手つきでショルダーバッグから部品を取りだし、手早く一つの武器になっていく。
それは、機関銃だった。
魔力が主電源であるその武器は、尽きない限り無数に弾を発射できる。
一緒に入っていた小瓶を片手で開け、銃倉と思われる部分に液体の魔力を流し込む。
十数秒で準備を済ませ、最後に取りつけたベルトを自分の肩に提げる。
同時に如月は意を決した。
「勝つ――」
如月は外に出た。
アストラルの言う通り、瓦礫の山から抜け出る出口はすぐ側だった。
外から出た瞬間、彼は研ぎ澄まされた神経で策敵を開始する。
あの巨体ならば視認するのは容易だが、今は見当たらない。
もと来た道は、完全に破壊されている。
すぐに状況を把握した。
「俺以外は船の方にいる……そうだな?」
『うむ。後は貴様がいかにしてこの瓦礫の山を突破するかにかかっている』
「ネブラはどこだ……」
上下左右前後を確認しても気配は定まらない。
如月は持ち前のポテンシャルを活かし、上へ跳ぶ。
山から突き出している鉄骨に着地し、足場になりそうな所を探しながら跳んで上っていく。
かなり上まで登ってきた。地上からは7、8メートルの高さはある。
一歩足を踏み外すと落下死は免れない。
心もとない足場に、自らの左足の怪我。一瞬の油断が死を生む状況だ。
山の頂上は間もなくといったところ。
「次は……」
『あそこだ』
「不安定な足場だな」
跳びうつるのは造作も無いが、次の足場は僅かに突き出ている鉄棒だ。
細く短い危険な足場。
そこに跳び移ろうと今いる足場を足で蹴ったその時……!!
「っ!?」
瓦礫の山が動いた。
正しくは、崩れた。
上から瓦礫が転がり落ちる……!
如月は、そのままだと直撃してしまう瓦礫をマグナムで撃ち抜く。
アストラルの力が眠るマグナムで、巨大なコンクリートの物体が未塵になる。
如月は体勢を崩さぬように必死に堪える。
だが、ネブラ達にとって今は好機以外の何物でもない。
「くそっ!」
上から不気味に斜面を這って来たのは、一瞬視界に入っただけで6体もいる。
異様に大きなクモ……
スパイダー型が接近する。
如月の左目に緑色のウインドウが現れた。
「タクティクスモード!」
2体のネブラが飛びかかるのをマグナムで即座に撃ち抜く。
その瞬間で、如月は肩から提げていた機関銃をネブラの大群に向ける。
「っ!」
強い発射の衝撃をギリギリの所で耐えた。左足がズキズキ痛むが、その傷に構う余裕は、今は無かった。
しかし、その機関銃は上にいるスパイダーを次々と撃ち抜く。
あるものは弾け、あるものは溶け、あるものは落下する。
耳障りな悲鳴を上げながら次々と死んでいくネブラたち。
『行くぞ!』
アストラルの声と共に上へ跳んだ。
ようやく山の頂上までやってきた。
数十メートル先に、山の下り斜面がある。
如月は、左足の怪我も感じさせないような早さで、下り斜面へと一直線に向かう。
数々のネブラが如月を止めようとするが、彼の機関銃が残さず打ち砕いた。
「ふん……この程度か、ネブラの連中は」
『随分と大きく出た発言だな。だがそれも、ここで終わりにしろ』
アストラルは、油断しないよう如月を律した。
そうするのも当然で、目の前には
「ヒュヒュヒュヒュヒュ……」
奇妙な笑い声の吸血鬼……アルベラが存在するからである。
「……まだ笑っていられるらしいな」
如月はマグナムをアルベラに向けた。
アルベラは全く気にすることなく、相変わらず如月に変な笑顔を向ける。
「ヒュヒュヒュ……失礼、先程は少し遊びが過ぎました。私達も本気で戦うことにしましょう……貴方の下には……ほら、感じます? 黒騎士の絶大なる力……あらゆる正を、たちどころに負へと帰するその力を……」
「黒騎士だと……」
如月は一瞬の判断で前にジャンプ、前宙して着地する。
『崩れるぞ!』
頂点から火山が噴火したかのごとく、埋もれていた巨体の黒騎士が姿を現す。
その巨体ゆえに、棒倒しのように山が崩れ始めた。
如月が足場を失う。
そのまま彼は
「……くっ!」
地に落下する……!
落下している時間……異様に長く感じられるその時間。
この高距離では受け身を取っても無駄である。
如月は、愕然とした。
このままでは……。
《そんなものか?》
ある声を耳にした。
《……私の息子ならば、最後まで、死ぬ一瞬まで戦い続けるはずなのだがな》
「……父さん……?」
今は行方がしれない、消息も分からない父親の声を耳にした。
それはすぐ側にいるかのようにはっきりと聞こえた。
「フロール!」
下には……仲間達がいた。
ハレンが上昇気流で如月と瓦礫の落下速度を大きく下げた。
「……ギリギリまで力を貯めて」
そこには清奈と、ネルフェニビア。
そして、瞳が青から緑へと変わった――まるで別人のような――悠が、彼の武器をかかげている。
「……まだ……まだ……」
大量の瓦礫が悠達の所に落ちてくる。
ネルフェニビアが頭を覆う。
「今よ!!」
「ライトプリンガー!!」
その瞬間、如月の視界はホワイトアウトした。
黒と対極の色、視界がまっ白になったことに気づいた。
それは、なんという温かさなのだろう。
如月は、もはや愕然としていなかった。
彼が、完全に捨てきり凌駕したかのように思えた、仲間の温もりである。
《ふ……貴様は未だ幼き部分もあれば、私を越えた部分もある。ゆえに、貴様は孤独に生きる事を望みがちらしい。今一度、奴らと共闘し仲間というものの中に揉まれてみろ。それは貴様を、何かの形で、強く成長させる糧となろう……》
如月は地面に手をつき前転する。
受け身を取った。
瓦礫は落ちてこない。
「はぁ……ふぅ……」
悠が息を切らしながら武器を下ろした。
「船へ!!」
余韻を感じる間もなく清奈が叫び、全員が一斉に船へと乗り込む。
黒騎士は……破壊されなかった瓦礫に足を取られて動けないでいる。
アルベラが罵声のような声で黒騎士に向かって叫んでいる。
出航できるのは今しか無い!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「シャリア。出航します。早く制御室に……!」
最善は尽した。
後はこのエンジンを信じるだけだ。
万一の時に備え、脱出用の小さなシップも人数分の確保をした。
あともう少しチャージしたかったが、致し方無い。
「了解しました」
◇◆◇◆◇◆◇◆
黒騎士が瓦礫の床から脱出した。
「叩き潰せぇ!!」
アルベラが叫び、黒騎士レヴェナントは剣を抜いた。それが振り上げられた……!!
◇◆◇◆◇◆◇◆
僕たち全員が艦艇に転がりこむように乗り込む。
「全員の搭乗を確認!」
桜庭の声と共に管制室の乗組員が一斉に声を挙げる。
「システムオールグリーン!」
「エンジン作動!」
艦艇全体が大きな音を立て、管制室前方に画面が表示された。
「うみしお、出航します!」
艦長が……立ち上がる。
「急速深水!!」
「了解!」
上方には剣が振り下ろされている……!
「キヒヒヒヒヒ!!」
両断されるか。
同時に深水が始まる。
鉄槌のように叩き付ける剣。
どちらが先か。
剣か先か
深水か先か
どちらが――
直後、水を斬り、巨大な水しぶきが起こった。
黒騎士の体を越える高さの波が起こり、滝のように海水が降り注いだ。
「逃がしましたか」
アルベラが言う。
「……ですが、これで終りと思わないことです、ヒュヒュヒュ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
荒れ狂う海。
殴るような暴風。
舞い上がる高波。
その世界を支配する者は、時渡りの到来を今かと待ち続けていた。
海底1500メートル。光が届かない、ネブラの楽園。
黒い7匹の飢えたシャーク型と、その中心にある赤く光る目があった。
息つく暇も無い、新たな敵が待ち受ける大海原へと旅立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ネルフェニビアが如月の左足に包帯を巻き付けていた。側にはハレンもいる。
「よかった……耀君が、生きてて……ぐすっ、うぅ……」
「泣くなネル。みっともないな」
「だってぇ……」
「あれぐらいで死ぬほど俺は弱くない。まあお前には劣るがな」
どうやら黒騎士からは振り切ったようだ。
如月が左を見ると、先の砲撃で目を回し気絶してしまっている悠と、目を覚ますように頬をペシペシ叩いている清奈がいた。
「……いででででで!!」
清奈が悠の頬を両手で横に伸ばすと、目が覚めた。
「いでで……清奈、もう少し優しくしてくれよ」
「覚めたわね」
「無視ですか……」
「本番はこれからよ。到着するまで体を休めておきなさい」
「う、うん」
つねられて赤くなった頬を押さえながら悠は言った。
「君たち」
すると、女性の声。
作業服を着たままのシャリアだ。
「話があるんだけど、来てくれないかな」
その話というのは簡単なものだった。
まだ5人は知らされていなかった……。
そう
この船は、遅かれ早かれ、エンストを引き起こしてしまうということに。
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