side story


[25]時を渡るセレナーデR




足が不思議と軽い。
目の前は闇だったが、壁にぶつかることなく僕は疾走していた。
最後に清奈と出会った地点に戻ったが、やはりそこに清奈はいなかった。

確か清奈は僕と真逆に走っていった。だからこの先にいるはず。
早くしないと、早く清奈のもとにたどり着かないと、とても大変なことになりそうな気がする……!
嫌な感じだけが何度も全身を駆け巡る。一刻も猶予がないことを僕は察した。
あのときと同じことが繰り返されるなんて、歴史は繰り返すというが、僕はなんてマヌケなんだろう……!

清奈……今行くから。
無事でいてくれ……。


◇◆◇◆◇◆◇◆

巨身がゆっくり近づく。
1歩、2歩と確実に。
私はなんとか立ち上がったが、自らに勝利を見い出せないでいた。
どう足掻いても無駄に終わる。
こんなことを自分が考えている。

当然だ。

たとえるなら、私はいつ死ぬか誰も分からない捨て犬のようなものだった。
助けを得られなければ死んでいくような哀れで脆弱な存在。
強さを求めた私という人間の、余りにも屈辱的な姿である。

「……プレスト!」

そう叫び、手を前に突きだしたのに。
虚しく私の声がこだまのように響いただけ。

「……!?」

なぜ雷が出ない……!

「どういうこと?」
《もっと集中しろ!》

できなかった。
雷さえ落とせない。
きっと、私の震える手を茫然と見つめる瞳は、絶望の底に溺れているのだろう。タイムトラベラー、いや、生粋の剣士としての格が奪われてしまっていた。
恐れを表してしまった私に為す統べはあるだろうか。

《セイナ!!》

フェルミの声に気づいた時には既に、奴は目の前で刀を振り上げていた。

私は……そのまま弾けて

ズドンッ!!










◇◆◇◆◇◆◇◆

長い廊下が続いている。
要塞のように入り組み、あちこちでゲートが閉められて行き止まりになっている。

「もしかして、この扉の奥か?」
《その可能性が高いです。この壁を突き抜けなくては!》

だが目の前にあるのは、破壊など到底できないような銀色の巨大な扉だ。

試しにライボルトで目の前の壁を撃ったが、傷すらつかなかった。

「ぱ、パルス。これ、いったいどうしたらいいんだ……?」
《落ち着いて。どこかに経路があるはずです》

その壁は全く開きそうも無いし、当然隙間なども全く見つからない。
そこで戻るのか?
ダメだ。

清奈が僕を待っている。
それは気配とか、そういう次元を越えていて、根拠なども必要はない。

あの有山の時と
全く同じ胸騒ぎがするのだ。

だから僕は


立ち止まる訳には行かない!



◇◆◇◆◇◆◇◆


粉塵が舞うなか、私はどちらが前後で、どちらが天地なのかも分からないまま、ガムシャラに走った。
つい先ほどまで、対したことないものだと思っていたネブラの気配は、私を奥底まで押し潰そうとしている。

私は完全に冷静さを失っていた。
端的にいえば、私は『死ぬ』と思い、逃げている。
フェルミの言葉にも、耳を傾ける余裕すら見つからない。

早く来て。
誰か……来て。

私は濡れている床に足を滑らせうつ伏せに倒れた。

早く走り出さなければ、この光一本さしこまない空間で両断される。

私の手が何か水のようなもので濡れたことに気づき、その手をじっと見つめた。
水では無い。


特有である鉄の臭いが感じられたからだ。


血。


私……どこか怪我をしてしまった?
だが非常灯も霞むほどしか力を持たないそこでは自分の様子も満足に分からない。
体のあちこちを手で探ってみるが、異常は見つからなかった。
代わりに分かったのは、その辺りに漂う腐臭だった。差すような血の臭いに勝る、おぞましくなまなましい肉の臭い。

「っ……!!」

周囲の惨事に絶句する。
だんだんと目が慣れてきて、それとともにあることに気づいた。
それは
私は今、無数の肉塊でできた平原の真ん中にいるということ。

すぐ側にある細長いものは腕か脚のどちらかだろうか。目が慣れても明るくはないので、何かは分からない。
その方が気分的には救われた。
この辺りの光景をまともに見れば、私は動けなくなるだろう。

ここは疑いなく
奴が通った痕跡なのだ。

赤い、紅い、朱い。

《後ろだ!》

私は振り返ったと同時に右足を蹴って左に横飛びした。
私に向かって飛んできたのは、先ほど見た狂気の刃だ。
飛ぶというよりは、突いたといったほうが正しい。
着地したとき、足の裏に柔らかな感触を覚えた。

クチャッ……

普段聴くことのない、生肉が潰れた音。
私には、野獣が山羊を喰らう音のように感じられた。

剣を構える。
勝てるのか……?
私は、一人では余りに無力である。
それは気づいた。
あの時に。
それは自らのプライドを放棄することであり
仲間という、かけがいのない存在を知ったことでもあった。


あの時確かに
私の心が眩い光へと解き放たれたのだ。



あいつの為に
ここで倒れるものか!
生き残ってみせる。
復讐じゃない。
純粋に、あいつの到来を信じて。
あいつは、決して
このまま私を見捨てるはずなど無いのだから。


太刀が、目の前の空間を垂直に斬りおとす。
無数の命を断絶させた、沈黙の黒騎士の剣撃だ。
重さに任せ、異様に早い速度で落ちる。

私は右に1歩出てやりすごした。

その瞬間、私は意を決した。

奴は肉体も武器も巨大、だから動きは格段に鈍い。加えてこの空間は狭い。

次の攻撃をしようと、剣を持ち上げた大きな隙に、私は奴の懐へ潜りこむ。

全ての恐怖を払拭した。
無心になれ。
あいつは必ず来る。ならば、孤独を感じることは有り得ない。

その機敏さは、風を越え光すら追い抜くだろう。
奴が私の場所を認知するより早く、フェルミに全神経を集中させる。
持てる限りの魔力を剣先に集め、私は


奴の足に一閃する。

《流せ!!》

鎧は堅固で、斬ることは叶わなかった。
だが、それで私の攻撃は終わりではない。
奴の体は全身が金属のようなものだ。
だから……


「はあああああっ!!」

手から私の体に伝わる魔力の流動。
私の髪が衝撃で後ろに流れた。
ゼロ距離。
フェルミを通して発せられた紅き雷を奴の肉体に叩き込む!

落雷を思わせる轟音。
暗闇が一瞬にして、燃え上がった。

奴が、かすれた悲鳴のような喚き声を上げた。
そのまま苦し紛れに降り降ろされた、まだ帯電している太刀。

私は奴の足と足の間をすり抜けてそのまま前に走った。

これで奴はしばらく動けないはずだ。

復活するときまでに
あいつの元に戻らなくてはならない。

悠……
今行くから、待ってて。


◇◆◇◆◇◆◇◆

《フェルミの気配を察しました!》
「ってことは……」

清奈は生きている!

だが僕はまだ例の壁で立ち往生していた。
抜け道を探すしか……
抜け道……









待てよ。

僕は一度来た道を戻った。

《どうしましたか?》
「通気孔を通って建物の中に侵入してる所を映画で見たことがあるんだ。それと同じ方法を使えば……」

そんな策しか頭に浮かばないのか、と少し嫌になったが、僕の頭ではこれが精一杯の名案だった。

僕は天井を見上げながら四方八方走り回った。
これほど大きな建物なら、一つぐらい……。

《ありました!》

見つけた!
四角い通気孔の蓋をライボルトで撃ち抜き破壊した僕は、そのままおもいっきりジャンプした。
タイムトラベラーの身体能力を使えば、天井まで飛ぶのは余裕だ。
中は人間一人がギリギリ通れるほどのスペースがある。

「待ってろよ……」

僕はほふく前身でとにかく前に進んだ。
これでフェルミの魔力が感じられる方向に進めばたどり着ける。焦る気持ちを抑えて僕は神経を研ぎ澄ませた。

「こっちだな」






◇◆◇◆◇◆◇◆

「キヒヒヒヒ……愚か者め。天理明光の精霊を宿していながら頭脳は甚だ平凡ですねぇ」

科学省を見下ろす吸血鬼の影。
一人の男――恐らくは戦闘員――の血を飲み干したアルベラは肉体を遥か遠くに放り投げた。

「ベラベラット、出番です。あの勇敢なる少年少女達に、死より深い闇を……」

アルベラのマントの裏から灰色の蛇が現れた。
舌を出し、アルベラの腕にまとわりつく。
その肌は、ザラザラしていて、不気味な輝きを放っていた。
アルベラの蒼白な肌と、その蛇の毒々しさが絶妙に調和している。

「キヒヒヒヒ……」

天空に、漆黒の翼が舞い上がった。




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