第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[24]第六〇話



「ゲホッ! 間一髪だったか…………」
 如月は激しく咳き込みながら立ち上がった。
 高密度エネルギーの着弾による影響で周囲は砂埃がたちこめている。
「状況分かるか?」
『エネルギー残滓が厄介だな。だが“扉”は無事なようだ』
 相棒の応えに思わずホッとする如月。
 アイスコープで周辺情報を読み取りながらこの攻撃について考える。
 明らかな外部からのものだ。
 そしてこの場に黒崎アリアではない誰か、即ち第三者がいる。
 仮に、その人物が仕掛けたとしよう。あれほどの魔力を扱える者がいるかは定かではないが、幻獣神という強大な存在が良い例だ。
 もしかしたら単なる軍事兵器なのかもしれない。それも魔力を扱う兵器。
 これらの存在が成立するための前提条件は間違っていない。が、大きな疑問を抱えている。
 あの大出力の攻撃を近距離で、しかも自滅覚悟で行うだろうか。
 そこまでするメリットが見当たらないのだ。
 “扉”の破壊が目的だとすると、着弾地点は一kmもズレている。
 このある意味重要な局面において、ポカミスを冒す奴がいるだろうか。
 さらに言えば如月はその攻撃に対して魔法障壁を展開したが、その前に何者かが如月の前で障壁を展開していた。
 術式の属性から氷系と分かったが、相当な実力者なのだろう。
「だが俺を助けた理由が分からん。なぜだ?」
 マグナムのグリップをしっかりと持ち直すと、如月は未だ晴れぬ視界の中でマグナムの銃口を走らせる。
「状況、拡散した魔力の濃度が濃く通常探知は不可能。対処としてシーカーを生体検知に変更」
 頭の中で左目の眼前にあるアイスコープの表示を切り替えるイメージを思い浮かべる如月。
 作業はさしたるものではなく、すぐに終わった。
「魔力による障害が酷いが、大丈夫だ。アストラル、いけるか?」
『貴様、誰にものを言っている。我は契約者に力を与える幻獣神なるぞ』
 鼻を鳴らすような口調で言い切るアストラルに如月はニヤリと笑みを浮かべた。
「了解。あと奴の魔力周波数と同じ周期の振動による魔力共鳴も頼む。そっちのほうが遭遇率は高い」
『いいだろう。だが油断はするなよ』
「分かっている」
 如月は左目と聴覚に神経を集中する。
 気配を消して敵の位置を探り出そうとしているのだ。
 ふと、胸の内に疑念が湧いてきた。
 もしこれだけの索敵をして、黒崎アリアが見つからなかったら、どうなってしまうのか。 
 そんなはずがない。着弾点から一kmも離れているのだ。死んでいるはずがない。
 ならば吹き飛ばされたら?
 馬鹿馬鹿しい。あれほどまでにこだわり抜く性格だ。すぐに戦線に復帰するに決まっている。
 負傷しているのかもしれない。
 そうだったら何だと言うのだ。動けないのなら、それはこちらの勝機。見つけ出して叩き潰すのみ。
 下らない思考をしながら索敵をしている如月だったが、背筋が妙にゾクゾクすることに気がつく。
 これは殺気だ。間違ない、黒崎アリアは生きている。
「見えた…………六時の方向。距離およそ八六○」
『来るぞ!』
 アストラルの掛け声と同時に如月が動いた。
 バッと後ろを振り向きざまにマグナムを六発、立て続けに発砲した。
 敵の、アリアの動きが分かる。
 弾丸を避ける事なく切り裂き疾走している。
 濃霧に等しい煙の中、如月の前にうっすらと影が見えたかと思うと衝撃波が如月を襲う。
「どうやら本気らしい」
 慌てる事なく敵の心情を分析すると、如月はサイドステップで次から次へと襲いかかる音速の衝撃波を軽々と避けた。
 先の空からの攻撃は魔力によるものだ。この辺りの空間には本来ないはずの魔力が余剰魔力として拡散し、高濃度で散在している。
 故に魔法は威力が強制的に付加的強化がなされている。
 恐らくあの衝撃波を食らえば骨折や内蔵破裂ではすまない。
「ぞっとしないな」
 呑気過ぎやしないかというくらい落ち着いた口調で呟くと思い切り地面を蹴った。
 アリアに近付き接近戦に持ち込むつもりだ。
 幅広な衝撃波は刺突に似た衝撃波に変わった。
 如月の意図にアリアが気付いたのだろうか。
『ふむ。近接戦闘はあやつの十八番だ。無暗に近付きすぎるな』
「分かっている。こっちは銃だ。だが、魔力刃を使えないこともない」
『…………ブレイブダガーか』
 相棒が何気なく語る策に、アストラルは顔をしかめるような口調で呟いた。
 不得手の接近戦は避けて通れないと覚悟していた。
 そのために暇を見ては時間をかけて訓練させようと考えていた。が、実際はそんな余裕などなく、絶え間ない戦いが待ち受けていた。
 そして如月はマグナムを出力機器として魔力刃を形成しようとしている。
 その技術は射撃型魔導師には接近戦の唯一の策とされる高度なものだ。
 いくら才能があるからと言っていきなりできる技ではない。
 かつて生死を共にした、先代の我が相棒にして友であれば、あるいは…………。
 アストラルが淡い郷愁に浸っていると、如月が忌々しそうに舌打ちをした。
「アリアのやつ、こっちが徒手空拳をメインに攻めることを予測している……!」
『やはり読まれていたか』
 アストラルは唸り声をあげた。
 攻撃の軌道を読みながら走る如月の額を汗が横に飛ぶ。
 繰り出される刺突を避け、疾走しながらも構築式を完成させていた。
 あとは必要な魔力量と魔力刃のイメージが上手くいけば問題ない。
 この消えぬ白煙の中だ。
 敵の意表を突けるはず……。
「ブレイブダガー、発動……!」
 左手に持つマグナムを胸の前で横に薙ぐ。
 すると銃口から紅い魔力刃が、直線のものと湾曲したものとが現れた。
直線のものはそのまま刃となり、湾曲した刃はマグナムのグリップの底部に繋がった。
 左目の眼前にあるアイスコープが、アリアまでの距離が一○○mを切ったことを告げている。
 彼女からの攻撃は依然として激しい。
 それを絶妙なタイミングでかわし続けていると、目の前にうっすらと人影が浮かんできた。
「目標確認」
『間違ない。黒崎アリアだ』
「やるぞ」
 そう呟くように言うとより一層加速する。
 攻撃は激しさを増し、避け切れないものも増えてきた。
 痛みに顔を歪めることなくただひたすらに前に走る。
 アリアの姿がはっきり見えたその時、
「これで終わりだ!」
 魔力刃を振り上げて如月がアリアに襲いかかる。
「甘いと何度も言わせるな!」
 アリアは地面を踏み込んで一閃を薙いだ。
 両者が向かい合った時に都合の良い間合いにまで達すると、二人は互いに顔を合わせた。
「黒崎アリア……さすが、と言うべきだ」
「あら……あなたこそ良い腕よ」
 如月の左腕から真一文字に血が滲み出る。
アリアの頬からも斜めにうっすらと血が現れていた。
「言っておくが容赦はしない」
「奇遇ね。私もちょうどそう思っていた」
 刀を逆手に持ち直し、アリアは刃の切っ先を相手に向けた。
「それは好都合だ」
 如月は魔力刃を解いた。
 その行動が不可解と、武器を構えたままアリアは眉をひそめる。
「ところで、お前は氷系の魔法が使えるか?」
「? 何を言っている。私はそんな魔法は使わない」
「そうか……。それは安心だ」
 如月の輪郭が一瞬だけブレたのをアリアは見逃さなかった。
 逆手にしたまま刀を胸の前に素早く持って来る。
 直後、鈍い金属音がした。
「助けてくれたヤツに恩を仇で返すところだった」
 一瞬で間合いを詰めた如月のマグナムによる打撃はアリアの刀に受け止められたのだ。
 二人は互いに不敵の笑みを浮かべた。
 すぐさま同時に後ろに跳び下がり間合いを空ける。
「後悔したまま死ねばよかったのに。残念ね」
「どちらにせよ死ぬ気はないな」
「相変わらず甘いわね」
 アリアがスッと腰を落とし、刀の切っ先をまた如月に向ける。
 そして刀身に火花が散り始めた。
「これで終わりだ!」
 叫びとともに刀の切っ先から、雷撃が音速で如月へと駆けた。





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