第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[22]第五八話



「どけぇっ!」


 怒声が廃墟に響き渡ると同時に魔力弾が三発放たれた。




 自らが行く進路を阻むものは容赦なく排除している。







 あれらは魔物であり異形の存在。理性と高度な知能を持ったヒトではない。





 如月耀はそんな理屈を盾にして、マグナムの引き金をためらいなく引いている。










 今回投下された量子反応弾による効果範囲の外縁部からネルのいる中心点までの距離は最大で十kmだ。
 折しも、彼が戦闘地域へ足を踏み入れたのが、その距離が最大となる場所だった。


『反応弾により残存勢力は激減していますが、その力は半減すらしていません。引き続き警戒を続行してください』

「了解した」


 マグナムをベルトの腰側に挟み込む如月。



 パワーバランスが変化していないという事は、弱い魔物が消滅し、より強い魔物が生き残ったことを示している。





 厄介だが、いちいち雑魚を相手にしなくて済むのだから楽だろう。



 如月はそんな結論を導くと、さらに加速した。

 GPSから場所の特定は完了している。所々に潜む敵に注意していれば目立つ問題はない。
 ただ、自身の精神力がどこまで持つかが問題だった。








 この戦闘が起き始めてから自分の何かがおかしいのだ。





 血が沸騰するかのように気持ちが高揚している。



 まるで今の混乱した戦いに喜びを見出だしたかのように。







 正直、不気味だった。









 自分ではない何者かが、己が内に潜む何者かがこの身体を乗っとろうと企んでいる。


「…………今はそれはどうでもいい。ネルを取り返せば済む話だ」

『貴様、肉体を精神に乗っ取られるなよ』

「分かっている。俺は俺だ」

『傲慢だな。今までも、そう豪語して己の闇に取り込まれた者は数多い。貴様とて一人の人の子だ』

「それぐらいは理解している……!」


 前方に二発、左側に三発、魔力弾を撃った。




 大概の敵はアナライジングシステムで急所が分かる。


 あとは敵との距離によって支援用のプログラムを起動させるかどうかによる。
 如月は立ち止まる事なく疾走していた。
 そして、遂にたどり着いた。


「これは……結界か?」


 如月の目の前には水晶のように透き通った巨大な結晶がある。
 それは淡い輝きを静かに放ちながらただずんでいた。
 しばらく惚けたように立ち止まっていたが、あることに気がつく。


「ネルは……どこだ?」

「あの鍵はこの世界にはいないわ」


 聞き覚えのある声が背後からした。
 如月は素早く振り返ってマグナムの銃口を背後の人物に突き付ける。


「アリア……鍵じゃない。ネルだ」

「どちらにせよ同じ事よ。あれは向こうの世界に行った」

「なんだと……?」

「“扉”が開き、意識とは無関係に飛んだのよ。そしてその影響は未だこの世界にとどまり続けている…………これが何を意味するか分かるわよね?」

「………………」


 アリアから告げられた冷酷な事実に如月の心が揺れていた。




 その証拠にマグナムを持つ手が震えている。






 それに気付いていて、なおも彼女は続ける。


「魔力の暴走を始めたからには、殺すしかないわよ。まあ、私は上の命令に従うだけだから、殺しはしないでしょうけど」

「ヒトを道具扱いするお前達だ。どうせその力を無理矢理搾取するのだろう?」

「さあ? どうされようが私の知った事ではないわ。与えられた任務を忠実に遂行するのが私の役目……他人がどうなろうと何の興味もない」

「そうか……」


 如月はゆっくりと目を閉じた。


「自分の感情を殺されてまで、忠義を守るよう精神操作されているとは…………哀れだな」

「何を言っているのかしら? 私は私自身の意志で動いているわよ」

「…………ならば、俺はお前を止める! ネルは渡さない!」


 如月はカッと目を開くと、マグナムの引き金を引いた。






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