本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[14]chapter:4-2
「兄さん..無事だったんだね...」
ヴァンは安堵したのか膝をついてしまった。
「ヴァンくん..なぜここに...!」
「兄さん...さっき..そ..そこで..ビ..ビルが...」
シンの顔にさっきまでの薄気味悪い笑みはなく、今までのシリウスに戻っていた。
「どうした?ヴァン?」
優しく、穏やかな声。
しかしラルには恐怖をほのめかす声にしか聞こえなかった。
「ヴァンくん!!逃げるんだ!!」
「え?」
シンは少しずつヴァンのもとへ歩みよっていった。
悪魔の左腕を隠し、ヴァンに見えないようにしながら…。
「どうしたんだ?ヴァン?..何か怖いものでも見たのか?」
「ヴァンくん!逃げるんだ!!早く!!」
ラルの懸命な声にヴァンは戸惑いを隠せなかった。
ヴァンの精神は限界に近かった。
仲は悪かったとはいえ、同じ学校に通う者の死を目の当たりにした。
それはとても15才ほどの少年が耐えきれるものではない。
誰かに一緒にいてもらいたい。
いや、シリウスのもとにいたい。
早くこの嫌な気持ちから逃げ出したい。
ヴァンはその気持ちでいっぱいだった。
しかし、その気持ちを惑わすこの状況。
目の前にはいつものシリウスがいる。
しかし何故かラルは逃げろという。
──僕は、どうすればいいの…?
「ヴァンくん!!!」
ラルは懸命に叫ぶ。
「ああ..ああ..ぅぅ...」
「迷うなヴァン...お前が一番信じれるものを信じればいい...」
その一言でヴァンは心の迷いを消した。
──自分が一番信じているもの…そんなの決まってる…!
「兄さん...!」
ヴァンはシンのもとへと駆け出した。
「ヴァン...」
ザンッ!
その穏やかなシリウスの顔のまえに、赤い鮮血が舞った。
「あ...あ..」
ヴァンの顔に生暖かい血がかかる。
「兄...さん...」
「ククク...そんな奴を、助ける必要があるのかい?..ラル=A=ターナー?」
ヴァンは一瞬のできごとで何が起きたのか理解できなかった。
突然誰かに突き飛ばされた。
そしていつのまにか、目の前にはラルがいた。
ラルの背中からは、黒い手のようなものが貫かれていた。
「グッフッ...」
ラルはその黒い手に垂れ下がるような形になった。
「ふん、ユスティティアもたいしたことなかったなぁ!」
シンはそう言いながらラルのフードごと貫いた左腕を引き抜いた。
大量の血がヴァンとシンの間を舞う。
ラルはそのままゆっくりと倒れ込んだ。
「ど..どーなってる...の...」
「まだ分からねーのか?だからお前はいつまで経ってもとろいんだよ!!」
「に..兄さん...?」
目の前にはシリウスがいる。
でもそれはいつものシリウスではなかった。
ヴァンはまだ何が起こっているのか理解できない。
「俺はお前の兄さんじゃねぇ。もうその呼び方は止めろ。今度呼んだら...殺すぞ!」
「ひぃ!」
顔もシリウス。声もシリウス。胴体もシリウス。
なのにこいつはシリウスじゃない。
「あなたは兄さん...じゃない?じゃ...じゃあ兄さんはどこに..いるの?...シリウスはどこにいるの?」
シンは倒れたラルの体をまたぎ、ヴァンの胸ぐらをつかんだ。
「最初からお前に兄さんなんかいねぇよ...あとシリウスは俺さぁ。お前が今まで8年間一緒に住んできた...そして今までお前の兄の『フリ』をし続けてきたシリウスだ!!」
シンは森中に響き渡るほど高笑いをした。
「う..嘘だ...!」
ガンッ!!
「かッ..!」
シンはつかんだ胸ぐらを引き寄せ、そのまま自分の額をヴァンの額に打ちつけた。ヴァンの額からは血がふきでる。
「ち..血が..!血が..!」
「血の繋がってないお前を、誰が家族だと思うんだ!?お前はいつも俺を見てた!誰も信じず俺だけを信じやがった...馬鹿だよなぁ...ククク..俺はお前なんかちっとも見てねぇのに...」
「うっ...ぅぅ..」
ヴァンの目からはもう涙がとめどなく溢れていた。
「お前はこの8年間..ずっと一人だったんだよ!!!」
──嘘だ………
夢であって欲しい。
ヴァンはそう願った。
でも目の前の光景はいつまで経っても変わらなかった。
心の中の何かが崩れていく音がする。
胸が苦しい。息がつまる。失禁しそう。
呼ぶか?
誰を?
ボフンッ!!
突然辺りが煙に包まれた。
「くそ!なんだ!?」
バッ!
「...!」
シンは何かにヴァンの胸ぐらを掴む手をはがされた。
徐々に煙が晴れ、辺りが見えるようになってきた。
しかし、そこにはラルとヴァンの姿はなくシンと怪物だけしかいなかった。
「ちっ...逃げられた!まさかあの体でまだ動けるとは...だがまぁ...あの傷じゃ遠くまではいけまい...もうこの森には結界をはってあるしな...」
気づくとヴァンはラルに抱きかかえられ森の中を走っていた。
そしてラルは突然足を止め、ヴァンを地面に下ろした。
「ラル...さん...」
ラルの腰の部分は血でビショビショになっており、ヴァンの服にも大量についた。
ラルはそのまま木に寄りかかるように倒れこみ、それを背に座って喋りはじめた。
「..額...の..傷は...大...じょぶか...?」
その声はあまりにも弱々しく、これまでのラルの厳格な声は微塵も感じられなかった。
「ぼ..僕は...大事...」
ヴァンはどう考えでも自分よりラルの方が危険な状態だと感じた。
「そうか..よかっ..た...額は...血が..出やすい...がら..グフッ」
「ラルさん..!」
ラルは血を吐き、口から滴らせた。
「私は...大丈夫...だ...そんなことより...」
「しゃ..喋っちゃダメだよ...!」
ラルの目は虚ろになっておりもう視点が定まっていない。
それでもラルは話し続けた。
「すまなかった...」
「え...?」
意外な一言が出てヴァンはキョトンとした。
ラルが自分に何をすまなくしたのか、ヴァンはまったく分からなかった。
「ハァ…ハァ…もっと..君に釘をさしておけばよかったのに...」
「...?」
「君に悲しい思いをさせたくなかった...」
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