†*†*†*†*†*†*†*†*

《完結》負けない!!負け犬【２】～みんなの日記～

†*†*†*†*†*†*†*†*

[56]８月１０日( 〃 )

†*†*†*†*†*†*†*†*

玄関で、先日購入したばかりのトレッキングシューズを履いた。

靴ヒモを固く結び、リュックを背負って門を出ると、既にお寺の五人組は待ち構えている。

俺は子供達と手をつなぎ、寺子屋親子キャンプの集合場所へ急いだ。

・―・―・―・―・―・

集合場所である寺子屋のグランドには、大勢の親子連れが集まっていた。

皆、スニーカーにリュックの登山ルックである。

先日配られたお便りによると、ここから二時間ばかり山登りをし、頂上でバーベキューをするらしい。

子供達はまた俺の身体にまとわり付き、大はしゃぎだ。

・―・―・―・―・―・

山登りを始めて約一時間。

子供達はまだまだ元気に駆け登っているが、大半の大人達は暑さと坂の傾斜のキツさにバテ気味である。

かくいう俺は、日頃の剣術・柔術の鍛練のお陰で全く疲れてなどいない。

そんな俺の横を、枝キレを杖に汗だくで登る輩があった。

胸のネームプレートには

【高畠】

とある。

…コイツか。

なんだ。子供が父親自慢するわりには、既に息切れしているじゃないか。

ザキの優秀な働きで、こちとら調べはついてるんだ。

今日はうちの子達のカタキを取るべく、コテンパンにのしてやる！

・―・―・―・―・―・

頂上に到着し、親御さん達がバーベキューの支度を始めた。

しかし普段あまりキャンプをしない方々が多いのか、なかなか事が進まない。

その点、野外活動も多い真選組は、バーベキューの火起こしに始まり肉の串刺し、テント張り、ダッチオーブンの使用などお手のものである。

手慣れた調子で火を起こすやいなや、まわりは拍手喝采。

俺は一躍ヒーローとなった。

しかしそれを快く思わない輩が二人。

高畠親子だ。

｢どこのお方が存じませんが、火を起こしたのがそんなにエライかねぇ。

フフン。｣

眼鏡の奥の細い狐目がこちらをチラリと見て、小声で言った。

｢まぁ夜鷹を取り逃した岡っ引きよりゃマシかと。｣

俺はザキの情報を活用した。

高畠はギクリとした様子で、そそくさと子供ごと場所を移動した。

そう、彼は警察は警察でも見廻り組のヒラ岡っ引きなのである。

部下はいても精々３人といったところだ。

しかも先日夜鷹狩り(※注)に失敗し、真選組が尻拭いをしたというオマケ付きである。

しかし息子にそんなヘタレっぷりを知られたくなく、つい｢自分は警察の重役｣くらいに言ってしまったのだろう。

・―・―・―・―・―・

それから後も、高畠親子はうちの子供達や俺にチクチクと嫌みを言って来た。

子供達が言っていた通り、ホンットいけすかねぇ奴!!

｢おたく、なかなか良いガタイをなさっているが…もしかしてコレもイケるくちですか？｣

高畠のオヤジが竹刀を振る仕草をした。

自分の腕を自慢し、先程の失敗話をねじ伏せようとでもいうのだろうか。

｢はい。たしなむ程度ではございますが。｣

相手の動向を探りたく控え目に答えると、奴は調子にに乗ったのかドンドン話し掛けてきた。

｢ほほぅ。流派はどちらで？

私は北辰一刀流ですがね。｣

｢私は天然理心流を。｣

北辰一刀流か。

メジャー流派だな。

この流派をたしなんだ者などザラにいる。

免許皆伝ならばいざしらず、山も満足に登れない奴がよく北辰一門の名を口に出来たもんだ。

｢天然理心流…あぁ、あの武州の芋剣法。

…おっと失礼。｣

わざとだ。わざと言ったに違いない。

狐目をさらに細くし、奴は口元にニヤリと笑みを浮かべた。

｢その芋剣法の天然理心流とシティー剣法の北辰一刀流…

食後の腹ごなしに他流の野試合でも交えてみますか。｣

俺は雑木林に落ちていた手頃な枝を二本拾い、一本を高畠に手渡した。

口で勝負するだけのはずだった高畠だが、まさか俺が本気になるとは夢にも思わなかったのだろう。

竹刀に見立てた枝を手にするやいなや、奥歯をカタカタ言わせ、細い目を見開いて震え始めた。

まさか自慢のオヤジが恐怖におののいているなどとはつゆほども思っていない高畠の息子は、

｢すげーや、父ちゃん！

こーゆーの武者震いって言うんだよね。

あんな奴らの父ちゃんなんか、一発でやっつけちゃってよ!!｣

と父親を焚き付けようとしている。

｢では一手お願い致します、高畠殿。｣

俺は上段に構えをとった。

天然理心流は各々の技もさることながら、それ以上に気合いで相手を制する事に重きを置く。

そこが技のみを問われるシティー流派との大きな違いだ。

その点で上段構えは相手にプレッシャーを存分に与える型と言えよう。

高畠はどうにか立ち上がれはしたものの、明らかに腰が引けている。

こんな奴と剣を交えたってしょうがない。

俺は言葉で試合放棄を促した。

｢真選組局長近藤勲、参る!!｣

俺が高畠なんかよりはるかに高い階級の者であった事が分かり、驚いた高畠はその場にへたり込み、地面に頭を擦り付けて謝った。

｢もっ…申し訳ありませんでした!!

まさか幕臣の方とはいざ知らず、御無礼をはたらいて…

どどどどどうか、この一件、近藤様の内々にお納めいただきたいと…｣

勝った。

剣を交える事なく、気合いのみで勝つ。まさに天然理心流の真骨頂である。

｢この一件は私の胸の内々で消化する事といたす。

それとそこのボウズ。｣

枝で高畠の息子をさすと、ビクリと一歩引いた。

｢お前もその目でしかと見ただろうが、お前の父ちゃんも他と変わらない、フツーの父ちゃんだ。

だからみんなに自慢したり、『警察だから』と脅すような事は今後一切しないように!!｣

高畠の息子は無言で首を縦に振った。

またうちの五人組が、俺の脚や腰回りにキャッキャとまとわり付いてきた。

(※夜鷹狩りとは)
自らの身を売って生計を立てる女性を遊女と言うが、遊郭で雇われるにはそれなりの容姿や教養が必要とされる。
しかし容姿も教養も持ち合わせていない者は遊郭では雇ってもらえない為、フリーで道端の男性をハントし、安い賃金で橋の下や家々の隙間等で行為に及ぶのである。
それを俗に[夜鷹]というのだが、遊郭以外で売春行為をすると風営法違反となる為、それを捕まえるのが警察の役目。つまり[夜鷹狩り]である。

†*†*†*†*†*†*†*†*
[前㌻] [次㌻] ［*］ﾎﾞﾀﾝで前㌻
［#］ﾎﾞﾀﾝで次㌻ †*†*†*†*†*†*†*†*
[←戻る] †*†*†*†*†*†*†*†*
†*†*†*†*†*†*†*†*