第40章
[72]
・
再び、ハクタイの森の洋館――
ちびちびと酒杯を嘗めていたドンカラスの目が、ふと壁の一画に留まる。
いつかマニューラが刻み込んだ、稲妻の形――ピカチュウの紋章。
――いつの日か、俺より強いピカチュウが現れたなら、この紋章を贈って欲しい――
ドンカラスの脳裏に、未だ忘れ得ぬ恩人の最期の言葉が蘇る。
『約束は果たしやしたぜ……ボスのような男が掲げるんなら、何も文句はねえでやんしょ』
それが引き金のように、次々と過去の記憶が走馬灯のように思い起こされていく。
『でもよう、時々思うんだが……いや、馬鹿げた空想かもしれねえが、全く有り得ねえ話じゃねえ。
ひよっとしたら……ボスは、あの……』
その時、食堂のドアが大きく開き、ドンカラスはハッと我に返った。
「ん?糞ネコ共はどうしたんでやんすか? あっしの奢りだって伝えたんでやしょ?」
エンペルトが一匹だけで戻ってきたのを見て、ドンカラスは訝しんだ。
「うん、それが……早々にキッサキに帰るって、みんな出て行ってしまったポ……んだ」
「…………そうでやすか……」
ドンカラスは深く溜息を吐いた。
「こんな事は初めてじゃないかな。ドン……一体、カントーにどんな因縁があるんだ?」
エンペルトは傍に腰掛け、空になったドンカラスの杯に酒を注ぐ。
「あっ……い、いや、別にいいんだ。こ、これは、単なる僕の好奇心だポチャ!」
ドンカラスが黙然としているのを見て、エンペルトは慌てて取り成した。
だが、ドンカラスは何かを決したように一気に盃を空け、重い口を開き始める。
「なあ、あっしが……いや、あっしとあの糞ネコが、シンオウの生まれじゃねえ流れ者だった、
って、おめえさんに話した事ぁありやしたかねえ?」
「え……?」
「……これは、単なる酔っ払いの、単なる過去の戯言だと思って聞いてくれりゃ結構でやす。
もうどのくれえ昔になるか……あの頃、あっしはまだ、一介のケチなヤミカラスでやんした――」
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