〜第5章〜


[54]2007年7月20日 夜中4時37分


「もしも……もしもよ? 悠がこの戦いで傷ついたりしたら、私は……それに耐える自信ない」
《……セイナ、それは仲間とは言わない》
「……?」




「なんでよ………。私は悠が……大事なのよ? 悠が死んだりしたら……それは私の責任になるのよ? バカ、言わないでよ……」
《私が思うに》

いつのまにか、私も
立ち止まっていた。

《仲間というものは、貸しも借りも存在しない。共に気づき、悲しみ、また笑い、戦う。理由もなくただ、なぜか、側にいる存在こそ、仲間ではないのか? 悠を守る。確かにそれももっともなことだが、貴様はユウから守られることを拒んでいることに変わりはないのだ。だからセイナ、貴様は何よりもユウを信じろ。ユウの力を無条件で信じろ。そして信じきるのだ。もう二度と貴様が、孤独に生き、戦い続けるのは見たくない》

それは、今まで聞いたことがないくらい、優しい声だった。
いつも厳粛で、常に強くあれと私に唱え続けたフェルミが。





―――――――――
清奈が、剣だけを残して何もかも失ってしまったすぐ後の頃だった。

清奈は、あてもなく夜の街をさまよい続けていた。
街といっても、高層ビルやネオンといったものはなに一つない田舎町だ。虫の音が響き渡り、夜は深くなっていく。
清奈の足裏は、明かりのない砂利道と擦れあい、乾いた音を響かせている。
ジャリ、ジャリ………。とても不規則に鳴る足音。

私はおもむろに剣を抜いていた。フェルミの力は、私の技量では遠く及ばないほど莫大なものだった。

だからまず私は、このフェルミを自在に操れなくてはならない。
その修行が必要だと私は考えた。修行……相手もいないのにどうしろというのか。

笑っていた。
フェルミを握り私は空を見上げた。暗雲が立ちこめている。
生暖かな真夏の夜に吹く風。そして私の心はどこまでもどこまでも乾いていく。
ここはどこだろうか、と思った。しかしすぐに、どこだか分かる。分かってしまう。
ここは私の済んでいた村。
焼け焦げた畑は、植物の灰で黒ずんでいた。
家はみな破壊されていた。
せせらぎの川さえ、なにやら得体のしれないものがプカプカ浮かんでいる。
村人は倒れていた。 地を埋め尽くす風葬の屍たち。

《いいのか》

フェルミは確認した。私は力なく頷いた。
ここは私の故郷じゃない。
あの楽しかった日々は全て忘れるために、私はこうするしかない。

そう、全てなかったことにすればいい。

フェルミを抜いた。
迷いなどあるはずがなかった。こんな阿鼻地獄を顕現したような世界、いらない。いらない。全て。全て。

「はぁっ!」

叫びながら前方を一閃すると、眼前の枯木が消し飛んだ。
続けて私は道を駆ける。目の前に入ってきた家、木、屍、虫、泥、血、全てを消し去っていく。

「あああぁ!!」

フェルミに雷がほとばしる。無我夢中で剣を薙いだ。全てを壊したかった。いっそ記憶ごと全て。
そして一生、自分だけの力で生きることを誓った。

私はこうして、一晩起こった惨劇を無に返すことができるのだ。それほどの力があるなら、誰の助けも必要ない。

屋根が崩れ落ちた。石像は朽ち、荷車はガラクタへと変わった。
《この程度なら半分も引き出せていないぞ》

雷撃の爆発音が充満するなか、冷たくフェルミの声がする。
激情に身を任せ振るう剣は、ますます赤き雷を増幅させた。

視界に入るもの全てを、斬る。

迅雷のごとく駆け抜け、喉が潰れるまで叫び続け、腕が壊れるまで私は消し続けた。
フェルミの力をモノにするための修行-------それは、過去の抹殺だった。



三日三晩たち、私は仰向けに倒れ込んだ。
文字通り何もなくなり、平地だけが姿を表す。
薄汚れた服を身にまとった私と、空に泰然と居座る三日月だけがそこにいた。

私の髪がパリパリと頬に張り付いていた。
その時初めて、泣いてたんだ、と気づいた。

―――――――――


なぜそのことを今になって思いだしたのだろうか。

《セイナ。返事をしろ》
「……なに、フェルミ」
《気を緩めるな。今は戦闘中だぞ》
「ええ、ごめん……」

こんな時に、なに感傷的になっているんだか。
私は自分の髪に手を入れ、櫛<くし>のように一度、二度と髪をとぐ。
そうすると、私の頭皮が冷やされて思考が鮮明になっていった。

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