第43章


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 悪魔と蔑み呼ばれていた男と、そんな者にさえ動じず手を差し伸べて救いを与えてくれた女――
まるで真逆の存在が出会い、そしてまた別々の道を歩んでいこうとしていた。
しかし、本来、決して交わる事が無いような二つの道が交差して生じた歪みは、
捻じくれてしまった因果は、二匹を易々と平穏には離してくれはしなかったんだ。

 彼女の背を見送りながら、もう何も思い残すことは無い。そんな風に思っていた。
部隊へと帰ればまた過酷な生き地獄が待ち構えているだろう。いつまで生き残れるのか、
もしかしたら明日にでも俺がくたばる番が来るかもしれない。だけど、もういいんだ。
命を奪い取ることしか出来なかった俺が、初めて誰かを救うことができた。
彼女が無事に生きてくれさえいれば十分だ。死にゆく時が来ても、きっと未練無く逝ける。
 ――本当にそうかな?
 その時、誰かの声が響いた。
”誰だッ!?”
 驚いて俺は声を上げ、俺は周りを見回した。しかし、辺りにはそれらしき姿は無かった。
 ――そんな一切れのパン屑みたいなちっぽけな偽善の一つだけで、
お前のやってきたことが全て許される、俺達が許す、とでも?
 暗い暗い深淵の奥底から這い上がってくるような、おぞましく冒涜的な声だった。
それは、俺の心の片隅から、割り切れなかった”余り”達を封じ込めていた壁に入った亀裂から漏れ出していた。


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