第43章


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 自分の身を挺して他者を助ける。かつての俺には理解しがたい行動だった。
護衛や救援を命じられたのであれば、俺も割り切って従わざるをえないだろう。
だが、そうでなければ、例え同胞が危機にあろうと止むを得ない犠牲は厭わず、
可能な限りの手を尽くして己は生き残り、敵と定められた存在を全力で排除しなければならない。
それが兵器として、生まれながらに刻み込まれた俺の存在する意味であり、価値だった。

 なのに、彼女は命じられたわけでもなく、寧ろ反対を押し切って、縁もゆかりもないであろう
他者のために己が身を投げ打ちに来たというのだ。
〈そうだわ、私と一緒に逃れていた方々は一体どうされましたか? あの時、私と共に、
何かの攻撃の巻き添えを受けてしまったのであれば、傍で同じように倒れていたと思うのですが……〉
 更にこの期に及んで――得体の知れない牢獄のように薄汚い部屋の中で、
恐ろしい兵器には一見見えないかもしれないが、少なくとも優しげで親切にも見えないであろう、
同族とはいえ見も知らぬ者を目の前にして――彼女は自分よりも他人の身を案じていた。
 俺と殆ど変わらない姿をしているはずなのに、全く未知の生物と出くわしたかのような気分だった。
その時までの俺と言う存在を根底から覆されるようなものだ。

”然程深手を負ったものはいない。彼らなら全員、別の場所に搬送された”俺は簡潔にそれだけ伝えた。
少なくとも嘘ではない。搬送された先で彼らがどうなるかは伏せた。騒がれたり、怯えられても面倒だった。
それと、極微かに、引け目と罪悪感のようなものが芽吹きかけていたのかもしれない。
だが、俺はそんなものとうに割り切ったものとして雑草の如く踏み躙り、心の片隅に押しやって目を背けた。
ずっと、そうやってきたんだ。


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