第43章
[55]
「……長らく凄惨な戦場に身を置いていると、生死、善悪、現実感、様々な感覚が麻痺してモラルが欠如していく。
個人にだけ責任があるわけじゃあない。だからといって、いともたやすく行なわれたえげつない行為の数々が
赦されるわけじゃあないが……。勿論、軍に属する者達全員がそんな風になってしまうわけではないし、
俺が追い遣られた部隊は、とりわけ人間もポケモンも素行の悪い者達ばかりだったというのもある。
誰が呼んだか、最低野郎共の吹き溜まり、蛇蝎が蠢く蠱毒壷、極悪中隊バッド・カンパニー、
――実際は二、三十人程度の小隊規模だったけど――嫌われ者が爪で弾き回され最期に行き着く地獄の三丁目――
そんな散々様々な烙印を押された奴らの手中にいるんだ、檻とボール内の彼らに待つのはろくでもない未来に
違いなかった。だが、俺がその時、彼らに対して向けていた目はきっと、まるで食べられるためだけに
生まれてきた家畜を見るかのように冷ややかな目をしていたように思う。あまりに日常的に繰り返し見てきた光景に、
俺の感覚はすっかりと麻痺していた。
その中で、ふと、無味無感情を保っていた俺の意識に介在するものがあった。俺が座る丁度隣の檻内にぐったりと
転がっている、黒と白二色の布――マントかケープ状で、何も飾りの無い質素で厳かな雰囲気は、どこか聖職者、
シスターの服を思わせた――で身を包んだ物体。そこから突き出ている、まるで自分にも同じものが生えて
いるかのように見覚えがある、ジグザグに曲がった黄色い尻尾。自分の尻尾と見比べてみて違うのは、
先端にハート型を思わせる切れ込みが入っているのと、毛色がまっ黄色の俺よりややオレンジ色がかった色を
していることだった。
何だか無性に気になって、引き寄せられるように俺はそっと檻の隙間から手を伸ばして頭側の布を捲り上げた。
その下にあったのは同族、それも雌らしい顔付き。幌の隙間から差し込む光に照らされ、彼女の顔は薄琥珀色に
てらてらと煌めいて映った。
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