side story
[06]時を渡るセレナーデ -prologue-
それは
闇色に染められた世界。
時間という輪廻から隔離された空間。
その名は無刻空間……。
「シヅキ様」
左目は紅く、右目は蒼いオッドアイの男が、すぐそばから現れた。
そのものは、ネブラと呼ばれるものたち。
時には歴史を変え、時には未来を変え、世界を確実に破滅へと向かわせる、本来いないはずの生物。
《ああ……よく来てくれたね、サラザール》
「話は先程この耳に通しました。例の兵器が発見されたと?」
《そうなんだよ。なんとも運のいいことだね。あの子達に見つけられてしまったらボクは手詰まりになってしまうから》
サラザールは、目の前にいる、大気のように気配が薄い男に、丁重に頭を下げる。周囲を無数の赤い糸が張り巡らされているその男に……。
《知恵のあるキミならもう、ボクが言おうとすることも、薄々察知出きるんじゃないかな》
「無論でございます。すぐさま回収し、ここに必ずやお戻りしましょう」
《ふふ、心強い言葉だね。ボクもそれを聞いて安心できそうだよ。キミの部下達にもよろしくを伝えておいてくれ》
「承知しました……」
シヅキが姿を消す。
同時に見える、サラザールの笑み。
これから始まるショーはどうやら、彼にとってとても期待できるものらしい。
「シヅキ様が私をお選びになった。当然の選択か……」
遥か昔。
史実にさえ残されていない超古代文明。
そこに、ある伝説がある。
対ネブラ用の殲滅兵器。
それが何かは分からない。だが、それを回収すれば、ネブラの宿敵、タイムトラベラーの確かな情報が掴める。
異様に長い服の袖を、バッと振る。
瞬間にして現れた3体のネブラ。
一つは、全身鎧を身に纏い
一つは、半魚人のような奇妙な個体を持ち、
一つは漆黒の翼、そして血に濡れた牙を持つ吸血鬼。
「さて、アルベラ、時間地点は?」
「例の文明が発掘されるのは2200年代初頭……その頃が最善かと」
吸血鬼が答える。
「ふむ……ではすぐに行動を開始しよう。反抗勢力が現れる前にな」
「もし現れたなら?」
「アルベラ。答えるまでもない。狩るのだ」
「了解……」
再びサラザールが袖を振るうと、消え去った。
「なんとかして、奴らよりも先に兵器を回収せねば……」
――――――――――――
「おい、絵夢!」
ヒュッ!
と飛んできた絵夢の足。
それを上手く首を右に傾け顔面を蹴ってきた足を回避した。
僕、相沢悠は、格闘していた。
相手は、僕の妹であり、かつ無敵の強さを誇る睡拳使い、絵夢だ。
この表現は誇張ではない。現に、絵夢は寝ている。
普通にベッドから起き上がり、僕にマシンガンパンチをしかけているが、
念のためもう一度、絵夢は寝ている。
この力ならさ、ネブラも倒せるんじゃないか?
と、少し思ってみる。
なんでこんなこと考えているかって?
それは、僕はある秘密を持っているからだ。
それは……
僕は、タイムトラベラーの一員ってこと。
ネブラが起こす時間の歪みを正し、そして倒すのが僕たちタイムトラベラーの役割だからだ。もちろん、仲間うち以外の人には秘密だ。
「あははははは」
笑いながら、百烈拳を繰り出してくる絵夢。
「いだっ!!」
おもいっきり顔面にパンチを受け、KO。
僕が倒れると、絵夢はさも満足そうな(寝顔には違いないのだが)顔をして、そのままベッドに転がった。
今日も起こすのは諦めて、ゆっくり立ち上がり、おもいっきり殴られた頬を冷やそうと洗面台に向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「クックックック。秘宝がこんなところにあるとはな………」
「部隊の準備は完了している。行くのか?」
「ああ。もちろんだ」
「この貸しは高くつくぞ」
「構わん。我らは同胞。さらに言えば旧知の仲ではないか」
「同胞…………旧知の仲、ね……」
「ネル、少しは朝飯の準備を手伝え」
「え〜。耀君が私の料理が不味いって言うから作らないように配慮してるじゃないですか〜」
「それは配慮じゃない。お前の怠け癖だ!」
黒猫が胸元に刺繍されたエプロンを着た青年、如月耀はスクランブルエッグを作りながらテーブルで既に待機している少女、ヴェリシル・ネルフェニビアに激しく文句を言った。
しかしそんな苦情は露知らず、彼女はふさふさの尻尾を幸せそうに揺らしている。
そう、彼女は常人にあらざる獣の耳と尻尾を持つ少女なのだ。
如月は偶然にもこの獣の少女に出会い、彼女のいたもう一つの世界とこちらの世界を救うという使命を帯びる事になった。
それなのにこの朝の風景。全く緊張感がない。
「怠け癖って……! 女の子にそんな事言うなんて酷いです!」
「馬鹿言ってないで皿を持って来るとか少しは手伝え」
「耀君のバカァ!」
ネルフェニビアの手元から大皿が手裏剣のように飛ばされ、如月は振り向かずに後ろに手を出した。
直後に起こる堅い音。
いや、ゴスッと嫌な音がした。
彼はそのままゆっくりと横に倒れた。
「って耀君! 大丈夫ですか?」
彼女は悲鳴にも似た声を上げてキッチンに入る。
そこで見たものは、見事に後頭部に皿がヒットしてフローリングの床に倒れる如月。
煙を上げるフライパン。
「きゃあ! 耀君のせいでスクランブルエッグが!」
「………………俺の心配をしろ」
色々あるが、いつもと変わらぬ日常が流れていた。
今回の
不思議な話は
こんなのどかな朝から始まったのである。
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