〜第5章〜
[43]2007年7月20日 午前2時49分
「それから、どうなったんだっけ? ハレン」
ハレンは口を閉じた。
死に至らない程度の傷が全身をキリキリと軋ませる。
「ネブラが現れて、ハレンはネブラのお手伝いをしたんでしょ? それって、私達を裏切ったことになるよね?」
既に何度も感じてきたことだ。
その時が来るまで、とても幸せな人間だと思っていた。
涙が落ちる。
頬に伝うスピードが異様に遅いと感じながら。
「泣いてる……ハレンのばか。私だって、泣きたいよ……。ハレンのばか。お姉ちゃんのばか」
自分は
ネブラに命を狙われた。
その時私がとるべきだった行動の選択肢は2つあった。
1つは、抵抗する。
1つは、逃げて父親に助けてもらう。
だがハレンは、第3の選択肢をとった。
自分は、命が奪われるのがとても怖かった。
死、が とても怖かった。
な ら
では
それな らば
自分が助かる為に他人を殺すのは、家族を殺すのは、愛人を殺すのは
平穏を、砕くのは
許されることなのだろうか?
自分の死を免れる為に、他人を死に追いやった。
許されるわけない。
だが、その時の私は辞さなかった。
まるで自分の中にある迷いにつけこまれたようだった。
エミィは何かを感じとったらしく、自分の背後を確認した。
「……来た。獲物を誘う役割ぐらいは果たせるんだね。お姉ちゃんは」
ここは学校の屋上だった。真っ白な床が広がっている。月も見えないほどそこは暗く、エミィが闇に浮かぶ。
その闇に映える白を象るのは猫だった。
ハレンは未だ四肢を封されて動けない。
仲間が来る。
ハレンは、いっそ殺してほしい、と思った。
この状況を産み出した原因は、自分の過ちによるものだった。それが暴かれたら、2人に見放されてしまうだろう。
だがエミィはそんな願いを聞きいれるはずもない。
彼女の作戦はこの学校を占拠し、ハレンを捕獲し人質にする。
当然、来るべき者がここへ助けに現れる。
その来るべき者、こそ
エミィが消去するよう命じられた残りの4人だ。
「やめ……て。エミィ……」
エミィはそれを無視し、両手に青紫色の魔力を集める。
それが一瞬大きくなったと思うと、エミィは地面に投げつけた。
たちまち
壁も天井も凍てつき始めた。
真夏の夜に季節外れの雪が降る。
学校じゅうが氷に侵食されていく。
最も高い位置にある時計台にも及び、時計の秒針が止まった。
忽ち氷の要塞となる。
雪が降る。
エミィは頭に着いた雪を払った。
「ふふふ……」
エミィは微笑んで、此処に現れる者達を待っていた。
物語は少しばかり前に遡る。
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