〜第4章〜 黒の男
[12]昼12時55分
「僕はともかく、清奈は僕のことはどうでもいいって思っていると思いますよ」
「それはどうかしら? 長峰さんだって、立派な一人の女の子なんだからさ! そ、れ、に」
瀬戸さんがニカッと、ちょっと何か意味のありそうな笑みを浮かべる。急に何だよ。
「相沢さ〜、さっきから長峰さんのこと、【清奈】って言ってるしね〜」
え?
あっ……!!
「下の名前で呼んでるんだ〜さすが相沢ね、あんた自覚してないだけで本当はモテるんじゃない?」
瀬戸さんが、まだニヤニヤしたままこちらを見る。
あ〜しんどい。
さくらちゃんはというと、側で瀬戸さんと同じく笑っている。まあ、さくらちゃんは苦笑いなんだが。
そして、ずぼらな司書の先生は、なぜか学校にあるソファーに座り、テレビをつけてワイドショーを見ている。我関せず、といったところか。
そして、更に煙草を汚いカッターシャツのうちポケットから取り出す。よくみたら、いつのまにかサラリーマンがよく着ている服装に変わっている。これが、仕事服らしい。
「って、こら! 学校は禁煙に決まってるでしょ!」
瀬戸さんは自分の父親が持っているマイルドセブンとライターを手から奪い取り、ゴミ箱に捨てた。
「ちょっとぐらいいいじゃねえか」
「ダメよ」
「いつからケチになったんだ? 梓」
「ケチじゃなくて、規則なの、分かる?」
「規則っつーのは破る為にあるんじゃねえのか?」
「屁理屈いうんじゃないわよ! なんなら、教頭にチクってあんたの首飛ばしてもいいのよ?」
「……チ、そりゃねえよ、梓」
瀬戸さんに軍配があがったようだ。司書の先生は背もたれに体を預け、足を組んで座っている。『教頭にチクる』が、殺し文句ってやつか。
「さてと、もうこんな時間だし、相沢にさくら、教室に戻りましょ」
司書室にある、今どき珍しいハト時計(ハトが飛び出したまま動いていないみたいだが)を見ると、12時50分。1時から授業が始まるので、もうそろそろ戻るべきだろう。
「親父! ちゃんとゴミを捨てときなさいよ」
「へいへい」
瀬戸さんが台詞を半分言った所で帰ってきた、いかにもだるそうな返事を耳にして、僕は瀬戸さんとさくらちゃんと共に教室へと向かった。
「本当に親父は……あんなやつが司書なんて、よっぽどここの学校は先生に恵まれてないのね」
瀬戸さんが愚痴を溢す。
それは、まあ納得できる。
先生として見るなら、まともじゃないよな、ここの大人は。
「……瀬戸」
急に背中から、またもやおっさんの声。
振り向いていたのは、前にハレンのクラスに行った時に見た厳格そうな先生だ。ブラックスーツを着こなし、天然記念物にでもなりそうな堅物の先生だ。僕はこの人から授業を教えてもらったことはないが、名前は知っている。確か……
「駒場先生、どうかしたんですか?」
そうそう、そんな名前だった。なぜ知っているか、といえば、この先生の授業はかなり厳しいのだ。どの学校でも一人はいる、スパルタ教師という位置付けにあたる人だ。
「昨日の5組の宿題提出の件で話がある、来い」
「あ……分かりました」
小声で「先に戻ってて」という言葉を残し、駒場先生と瀬戸さんがその場を後にした。
またまた僕はさくらちゃんと二人きりになる。
「悠くん」
教室に戻る途中、さくらちゃんが話しかけてきた。
「なに?」
「……なんだか、私って……泥棒みたいですね」
え?
それは……どういう意味ですか?
「長峰さんのことですよ。私……長峰さんが、悠くんが好きだってことを知りながら、私は悠くんと二人きりになりたいって思ってる。
まるで……私が長峰さんから、悠くんを奪ったみたいだから……」
「そ……それは、考えすぎじゃないか?」
「そんなこと……無いと思います」
少し、さくらちゃんの表情が曇っている。
階段を登りはじめた。
「きっと……怒るでしょうね。長峰さん」
すると、不意に
「あっ……」
僕とさくらちゃんは、階段を登りきった所で、たまたま上から降りてきた、今将に話題になっていた人と出くわした。
「な……長峰さん」
さくらちゃんの呼び掛けに、清奈は足を止め、こちらを向いた。
振り返った時の顔は
笑いでも無ければ、涙でも無い。怒ってもいない。
清奈の、本来の、顔。
前と変わらない、ほんの僅かも動くことはない、暖かくも冷たくもないその無表情さで、振り返った。
そして気づく。
【変わってしまった】と、いや、【戻ってしまった】と。
今目の前にいる清奈は、ちょうど有山に行く前の清奈だった。少なくとも、どこかしらが、書き換えられていたのだ。
「何か用?」
清奈の声が耳に届いた。本来の、厳重に管理された強化ガラスの中に閉じこもっている、時価数億円の指輪のような……そしてそのガラスは、ダイヤモンドと等価交換できそうな……。
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