第39章


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伸びゆく枝葉のざわめきに、俺の最後の言葉は掻き消された。
天にも届けとばかりに成長を続ける木は、やがて空間を埋め尽くす程の大樹となり、ざわざわと葉を茂らせ、満開の花を咲かせ、たわわに実を結ぶ。
枝と共に上昇する俺の脳裏に、忘れていた――いや、忘れさせられていたというべきか――
おぼろげな記憶の断片が、熟し切った赤い実の如く弾け飛ぶ。

かつて、敵からも味方からも「黄色い悪魔」と恐れられた、残忍で冷酷な戦士。
一介のライチュウとなるよりも、最強のピカチュウとして君臨する事を望んだ覇者。
そして……自分の命と引き換えに、自分の大切なものを守り通した大きな背中。
誰よりも力強く、誰よりも誇り高く、誰よりも心優しき……

――それが、俺の――その全てが、俺の――俺の――――

自分でも無意識のうちに、目から大粒の雫がぼろぼろと零れ落ちていく。
違う。涙ではない。汗だ。熱き魂に触れた、心の汗だ。
それを払い落すように俺は頭を左右に振り、勢いを付けて枝から高く飛び上がった。
そのまま木の頂上を目指し、太い幹を駆け上がっていく。
ともすれば振り返りたくなる気持ちを押し殺し、俺は遥か上空のひび割れを見上げる。

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