第39章


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「お見事。立派だ、本当に」
 全身の感覚を確かめる俺の背に、声がかかる。
「ふ、ふん、当然のこと。言われなくても分かっている。誇るが良いぞ」
 振り向かずに俺は答えた。背後の声がくつくつと笑う。
「悪態をつく元気もばっちりだ。じゃあ、後はやることは一つ。上の子に届けるものがあるだろう」
 声と共に、後ろから溶け残っていたらしきマントの切れ端が丸められて投げ渡される。拾い上げて開いてみると、中から赤い木の実が一つ転げ出た。
「……ああ。だが、一つじゃ足るまい」
 木の実をきゅっと握りしめ、腕輪の力を呼び起こす。甲高い金属音と共に腕輪から緑色の光が握る手に流れ込み、中で木の実が弾けそうな程に震えた。俺は手をゆっくりと開き、木の実を足元近くに転がす。
木の実は振動を止めず、直ぐに硬そうな皮を突き破って芽が飛び出した。そのまま芽は成長を続け、上方のひび割れに向かって伸び上がっていく。

「また話せたどころか、姿も傍らから見れた。俺はそれだけで十分だよ」
「そうか」
 そっけなく答えて、俺は伸びようとしている枝の一つを掴み、しっかりと足をかける。
「おやおや?もうすぐお別れなのに、今度は泣きべそかかないのかい?」
「誰が泣いてやるものか。男の別れ際に涙はいらん。そう言ったのはお前だ。だから、もう心配はいらない」
「……そっか、そうだな。強くなったもんな」
 満足そうに、しかし少し寂しげに声が笑うのが聞こえる。
 思わず、ずっと秘めておこうとした言葉が胸の奥で疼き、喉をちくちくと突いた。
「か、感謝する。我が記憶に微かに残る偉大だった背の心地に重ね、お前、あなたに最大限の敬意、敬愛を表す」
「堅苦しいな」
「ええい、ありがとう!お――」
 めきめきと大きな音を立てて爆発的に木は成長し、枝に掴まる俺の体は上へ上へと押し上げられていった。
 


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