第三章
[06]策略@
サイクレスが目を覚ますと、ざっくり走った頬傷の男が視界一面を占めていた。
「!!」
死ぬほど驚く。
「おっ、あんちゃん目ぇ覚ましたか」
頬傷を引きつらせ笑顔になる男。大迫力だが、どこか愛嬌がある。
「あなたは・・・・・・と言うかここは!?」
森の中と同じく飛び起きるサイクレス。
しかし今度は森ではなく、きちんとした寝台に寝かされている。
慌てて外を見るとまだ夜だ。もしや次の日か?とも思ったが、体内時計は時がさほど経っていないことを告げていた。
「毒そ・・・・・いや、蒼殿は?」
うっかり毒操師と口走りそうになり、慌てて言い直す。
しかし、頬傷の男は陽気に、
「ああ、毒操師のあんちゃんなら下で飯食ってるぜ。俺、見張り役な」
と返してきた。
「なっ?」
混乱するサイクレス。
事情が飲み込めない。覚えているのは丘陵地帯を越えて、街が見えたところ。
安堵の溜め息をついた途端、全身を刺すような激痛に襲われた。
と同時に馬上で踏ん張りが効かなくなり、落馬したのだ。
しかし、落下の痛みなど、押し寄せる苦痛で全く感じなかった。
また、意識はその時手放していたのだが、全身を駆け巡る激痛は、その後も消えることはなかった。
それから全く何も分からない。
「俺は・・・・・一体どうしたんだ?」
「貴方は血液毒に犯されたのです」
その時、ベットの向かい側にある扉が開き、相変わらずのもっさり巻き毛(馬に乗ったお陰で更にクシャクシャだったが)の蒼が入ってきた。
後ろには背の高い男。何やら見覚えがある気がする。
確か、国境警備軍の下士官にこんな顔がいたような・・・・・・。
「毒?」
隣の頬傷男と後ろの男も気になったが、蒼の思いも寄らない言葉の方が重大だった。
「そう、毒です。あの、ルースとかいう素人刺客の髭男さんではなく、玄人な刺客に毒矢を射られました」
蒼は寝台の端に腰を下ろし、サイクレスの顔を覗き込む。
「顔色は戻りましたね。気分はどうですか?」
間近に顔を寄せられ、先程の頬傷男とは別の意味で落ち着かない気持ちになるサイクレス。
「特には何も感じないが・・・・・・・強いていえば、喉が渇いたか」
寝台で上半身を起こしていたサイクレスは、改めて自分の身体を見下ろす。
全身の激痛は嘘のように消え、矢を射られたと言うが、それらしい痛みも感じない。
しかし、そこでようやく自分が黒衣ではなく、緩やかな寝間着を着ていることに気づく。
「これは・・・・・・」
蒼はサイドテーブルに置かれた水差しを取り、グラスに注ぐとサイクレスに差し出した。
「喉の渇きは仕方ありません。毒を抜くのにかなりの汗をかきましたから。
服は、すみません、酒まみれになってしまったので、もう着られないでしょう。
その寝間着は宿のご主人のご好意でお借りしました」
サイクレスはグラスを受け取り一口飲む。すると猛烈な喉の渇きを覚え、残りを一気に飲み干した。
「慌てると咽せますよ」
「・・・・・・何から何まで。蒼殿、本当にすまない」
グラスを返し、礼を言う。
「私は毒抜きをしただけです。着替えは、そこの親切な国境警備軍のお二人にお願いしました」
国境警備兵の二人は何だか口を挟めず、戸口に突っ立ったままだったが、蒼に水を向けられ顔を見合わせる。
「なぜ国境警備軍が?」
やはり見覚えがあると思った通りだった。
しかし、自分を着替えさせたと言われても益々訳が分からない。
「まあ、成り行きと言いますか、私はか弱い毒操師ですので、貴方のような筋肉の塊を抱き上げたり出来ませんし」
嘘付けっ、と、こき使われた二人は同時に思う。
「成り行き・・・・・よく分からないが、迷惑を掛けたのですね。申し訳ない」
根が素直なサイクレスは、助けられたと聞いただけで二人にも礼を言う。
一方、サイクレスを気に入らないと言っていた手前、何だか気まずい二人。
「いや、俺たちはあんちゃんにこき使われただけだし・・・・・」
「ああ、あんたを助けると約束しちまったからな。そのねぇちゃんの指示通りにやっただけだ」
「しかし、助けて頂いたのだから・・・・・・・??・・・・・ねぇちゃん?」
改めて礼を重ねるサイクレスが、ラトウィッジの言葉を聞き咎めた。
「ああ、そこの毒操師さんのことさ、蒼、だったっけ?」
事も無げに返すラトウィッジ。
「え? いや、その方は・・・・・・・・・・」
否定しようとしたが、そういえば性別を聞いて居なかったことに思い当たる。
当然男性と何の疑いもなく思っていたサイクレスはその瞬間、激しく同様した。
美しい容貌の人だ。それは間違いない。
だが、それでも女性とは考えなかったのだ。
「そ、蒼ど、の?」
寝台に腰掛けた毒操師に視線を移す。
ラトウィッジとギディオンも蒼に注目する。
蒼の様子は変わらない。動揺もない。
そして、いつものように、
「貴方、私の性別と仕事するわけじゃないでしょう。特に言う必要などないじゃないですか」
さらりと言った。
肯定したわけではない。だが否定ではない。それこそが肯定だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
もはや絶句するしかなかった。
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