第43章


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 ぽたり、ぽたり、と頬に生温かい何かが続けざまに当たった。反射的に拭い去ると、
つんと鉄みたいな臭いのする赤い液体状のものが手にべったりと付いていた。
 動揺を抑えながら体を調べてみるがどこも負傷はしていない。
でも確かにそれはまだ真新しい血だった。一体どこから、何が起きているのか、
周囲に視線を巡らす内にも、ぽたりと鮮血は再び俺の頬を打った。
 ――何を驚いているんだ、散々見慣れたものだろう?
嗅ぎ慣れた臭いはまるで上等なお香みたいに落ち着くだろう?
 厭わしく不浄な声が響いた。
 ぞくりとして見上げると、快晴だったはずの空には今まで見たこともない程に
不気味な色をした雲が垂れ込め、真っ赤な雨を降り注がせていた。
<どうなさったんですか?>
 異変に気付いたのか、彼女が駆け戻ってこようとしていた。
来るな、と必死に止めようとするが、激しい動悸に喉を締め付けられた様になり、
まるで声を出すことが出来なかった。
<大丈夫ですか、どこか具合でも?>
 具合でも悪いのかと、心配そうに寄ってこようとする彼女に俺は”違う”と首を振るって、
震える指先で上空を指差した。
<何もありませんけど……?>
 それでも、彼女は何でもない様子で不思議そうにきょとんとして俺を見返した。



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