第43章


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〈いーえ、そういうわけにはいきません。昨日、食堂へ挨拶に伺う途中と帰りに、何気なく廊下や、
他の部屋の様子を拝見させてもらいましたけれど……不躾ですがどこもかしこもあまりに不衛生!
これじゃあその内、皆さん病気になっちゃいます。牧師様も少しだけずぼらな所があるけど、それ以上だわ。
私に是非お任せください。手強い相手ですが、必ずやぴっちりすっきりお部屋も廊下も磨き上げて見せます!〉
 だが、彼女はかつてない程に強力な相手、宿舎の汚れを目の前にしてやる気を奮い立たせた様子で、
意思を曲げようとはしなかった。その気迫に、老練したボスゴドラやオノノクスを目の当たりにした時の、
この部隊の戦闘狂いバンギラスの姿が被ってさえ見えた。甲殻や鱗、牙に刻まれた数々の武勇を物語る錆や傷を
睨め回しているバンギラスのように、床や壁や窓の格子に染み付いた錆や汚れを、闘志に滾る目で彼女は見回す。

 これは、もうどうにも止まらない。瞬時に判断し、俺は止めるよりもフォローに回ることを考えた。
仕方ない、彼女が雑用に宿舎を巡る間、俺も着いていって見張るしかないだろう。面倒で危険だが、
放っておくことは出来なかった。
”分かった。その際は俺も同行する”
 大変な拾い物をしてしまったものだと、内心で毒づきながら俺は申し出た。
〈あら、もしかして手伝ってくれるんですか? 嬉しいです、やっぱり一匹だけより二匹のほうが捗りますから〉
 それを聞き、もしかして手伝ってくれるのかと彼女は微笑んだ。
”い、いや――”
 そこまではするつもりは無い。俺は言いかけるが、彼女の嬉しそうな笑顔を前に、口が止まった。
”……了解した”
 押し負けて、溜息と共に漏らすように俺は言った。



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