第43章


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 何でも、彼女は小さな集落の教会――聖アルセウスを奉るものだ――で牧師をしている人間に
まだ物心つかない頃から飼われていて、いつもその仕事を拙いながらも一生懸命に手伝っているらしかった。
 聖職者のようだと思っていた彼女の黒いケープは、本当に”そのもの”だったというわけだ。
きっと、牧師が彼女のために特別に拵えたんだろう。
 両親は既におらず、彼女が生まれて間もない頃に戦禍に巻き込まれて亡くなってしまったのだと、
牧師には聞いているそうだ。教会には同じような境遇の子ども達が大勢、人間もポケモンも問わずに居て、
集落の他の人々とも助け合って暮らしているそうだった。
 そういえば、俺が火を放った森の付近にそんな集落があるというようなことを作戦前に地図で
説明されていた事を思い出し、心に一抹の影が差した。大分、風上の方だったし、確か川か湖らしき水辺を
挟んでいたから、大丈夫だろう。と俺は推し量った。武装していない民間人が多く住んでいて、
宗教施設があるような所を平気で巻き込むような真似は、幾ら軍部が馬鹿でもさせまい。
無残で無差別な殺し合いに思える戦争にも、最低限度のルールがあるのだ。
〈あの……どうかなさいましたか、怖い顔して?〉
 黙りこくって難しい顔をしているであろう俺を、彼女が心配そうに覗き込んだ。
”何でもない、続けろ”と極力怯えさせないようにして応えると、安心したように微笑んで彼女は再び話し出した。
 話を聞いている内、あの燃え盛る森に他の野生のポケモンと共に彼女が倒れていたのは、集落から森の方に
大きな雷が落ちるのが見えて、もしも負傷者がいれば救助しなければと牧師や皆の心配を振り切って駆けつけて
きたからだと知った。
 自分の身すら省みずに他者を救おうとする神に仕える女と、己が生き残るために他者を害し続け悪魔と
蔑み呼ばれるようになった男――まるで真逆の存在が出会った。

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