第43章


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 あの方って? 何故、何の為にこんな仕掛けで隠された地下が? その”あの方”とやらは、
どうして俺なんかをこんな人目のつかない時間と場所に呼び出す?
 疑問が後から後から湧き上がって来て喉の途中で我先にとぎゅうぎゅう鬩ぎ合い、
声に出そうとしても俺の口は陸にあがったトサキントみたいにパクパクとするばかりだった。
 これはまどろみが見せているただの夢、幻なんじゃあないか。ふと、そう思った。
そういえば昨日くらいに子ども達に読み聞かせていたのは確か寒村が舞台の恐怖物で、
その村の教会にも隠された一室があり、そこに黒幕である怪物は潜んでいた。
周りの環境が少しばかり似ていることもあって、子ども達は随分と怖がっていたっけな。
特にダルマッカなんて手足を丸めて石みたいにカチコチになって震えていた。
俺としては本の内容そのものよりも、その後に子ども達にそんな本を読み聞かせてしまったこと
を彼女に怒られた事の方が余程怖かったが、――どうやら子ども達の本ではなく、
うっかり紛れ込んでいた牧師の私物だったらしい――ともかく、あの本が原因でこんな変な夢を
見ているのかもしれないと、体毛を一本ばかり脇腹からぴんと引き抜いてみた。
だが、脇腹からはチクリと確かな痛みが伝わり、意識がベッドで目覚める気配は無い。
 驚き呆けている俺を構わず彼女は樽の中へと引き込み、樽の内側に付いたレバーを引くと
蓋は静かに素早く閉じられた。
〈さあ、足元には十分気をつけて〉
 そのまま彼女は俺の手を引き、黒くてドロドロした重油みたいに色濃い暗闇に沈む地下への
階段を一段一段丁寧に照らしながら慎重に下りていく。一段下りる度に闇は濃度を増して、
全身に藻草みたいにひんやり絡み付いてくるような錯覚を抱いた。

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